Grim Saga Project

盗まれた約束
 ~ Promised Necklace











 なんて憂鬱なんだろう
 
 毎年、この日が楽しみでしょうがなかったはずなのに
 
 
 
 
 
 今年は今までになく重苦しい気分で迎えてしまった
 
 今日は祐子の誕生日
 
 もう20歳になってしまう
 
 普段と変わらぬ気分なのであれば
 
 20歳を迎える今日の日も祐子は幸せな気分でいっぱいだったに違いない
 
 友達は「もう20歳になっちゃう」などと言っていたが、祐子はその点、まだ素直に誕生日を喜んでしまうタイプだった
 
 
 
 父・恭一と母・成美はまだ十分に若く、祐子の目から見てもステキな夫婦だった
 
 若くして結婚し、周囲はだいぶ二人の生活を危ぶんだようだが、そんな心配はどこ吹く風、と言わんばかりに幸せな生活を送ってきた
 
 そんな両親は、毎年の誕生日の朝一番に「誕生日おめでとう」とにこやかに言ってくれる
 
 特別、裕福というわけではないが、プレゼントもくれるし、食事にも連れて行ってくれる
 
 
 
 しかし、今年は・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――3日前
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 恭一も成美も互いに仕事をしている
 
 大概は、少なくともどちらかは定時に仕事を切り上げ、早くに家に帰るため、先に帰った方が食事の支度をするのが習慣となっていた
 
 その点、恭一も家事への努力を惜しまない点、立派と言えるだろう
 
 
 
 しかし、この日は偶然、二人とも帰りが少し遅れてしまった
 
 祐子が帰宅したのが午後7時、珍しく家にはどちらも帰っていなかった
 
 父か母かどちらか帰ってきたほうが夕飯を作るだろう、と祐子は待っていることにした
 
 恭一と成美がほぼ同時に7時半頃に帰宅
 
 今から作るのもなんだから今日は外で食事をしよう、ということになった
 
 
 
 近くのファミリーレストランに出向いて、食事を済ませ、3人が再び帰宅したのが午後の9時過ぎだっただろうか
 
 
 
 「ただいまぁ」
 
 
 
 と、祐子が誰もいない家の中に元気に声をかけて先頭で入っていく
 
 後から恭一と成美が続いたわけだが・・・  
 
 
 3人は呆然と突っ立ってしまうことになった
 
 家の中のありとあらゆる部屋が荒らされていたのだ
 
 空き巣だった
 
 目ぼしい金品は根こそぎ持っていかれた
 
 そういえば最近、近所で頻繁に空き巣の被害が出ているから気をつけた方がいいよ、と、友達に言われたのを、祐子は今更ながらに思い出した
 
 
 
 
 
 恭一が素早く対応し、警察に事情を話し・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しかし、妙だ
 
 祐子は納得がいかなかった
 
 
 
 3年ほど前にも、泥棒が家に入ったことがあった
 
 その時も父と母は怒りはしていたが、祐子には優しかったのを印象深く覚えている
 
 17歳ながらに「お金を盗まれたのに、私に八つ当たりしないお父さんとお母さんはエライなぁ」と思ったものだ
 
 
 
 しかも今回は実はもう犯人は警察の手によって捕まっていた
 
 事件から2日後、つまり昨日のことだった
 
 警察からの電話を受けたのは祐子だったからそれは間違いない
 
 父も母もたいそう喜んでいたのだが、話を伝え終わったあとはなぜか顔を曇らせていた
 
 警察の話はこうだった
 
 
 
 「犯人は逮捕しました。被害にあった金もまだ使い切ってなかったようなので早くにお返しできます。しかし、宝石類などは質に流れてしまい、もう少し時間がかかるかもしれませんが、ご了承ください」
 
 
 
 話していても口当たりの柔らかい警官だったので祐子は好感を持ったものだ
 
 それなのにどうして父と母はあんなに機嫌が悪かったのだろう
 
 
 
 
 
 せっかくの誕生日なのに父と母は早くからでかけてしまった
 
 今日は日曜だ
 
 遅めの目覚めだった祐子が居間に足を運ぶと食卓に手紙が残されていた
 
 
 
 「なるべく早く帰ります。お昼は適当に済ませてね」
 
 
 
 祐子はなんだかひどい悲しみに捕らわれていた
 
 
 
 
 
 午後、祐子は深く考えることもせず、いつもより少し派手な化粧をし、少し派手な服を着て、あてもなくでかけることにした
 
 どうしても気が晴れなかったので、紛らわそうと一人で街に出ることにしたのだ
 
 
 
 
 
 祐子は、友達からよく「祐子、恋人作らないのぉ?」とからかわれる
 
 しかしそれは単なる意地悪ではなく、せっかく彼氏の一人もできそうなくらいかわいいのに、というニュアンスを含んでいる
 
 顔立ちも割りとかわいく、性格も引っ込み思案ではない
 
 周りの子は見るたび彼氏が変わっているようなのも珍しくはない
 
 ただ、そういうのが好きではないだけなのだった
 
 気軽に色んな人と恋愛して、という気分にはなれないのだ
 
 少し古風と言われればそれまでだが、仕方ない
 
 
 
 しかし、今日は少しヤケになっていた
 
 見た目も少し派手にしていた祐子は、街に出れば当然のごとく、色んな男に声をかけられる
 
 もう適当に、声をかけてきた男の中から選んでどっか行っちゃおうかな、とまで考えていた
 
 
 
 「ねね、キミ可愛いね」
 
 
 
 と、声をかけてきたのはいかにも頭の悪そうな茶髪の男
 
 
 
 「どっか遊びに行きたい気分なの」
 
 
 
 祐子はわざと相手が誘ってくるようなセリフを、自分でも驚くほどスムーズに口にしていた
 
 
 
 「じゃあさー、とりあえず一杯やりにいかない?いい店知ってるんだよね」
 
 
 
 こんな昼間っからお酒・・・、しかも下心見え見えの誘い方
 
 祐子はアホらしいと思いながら、こいつの相手でもするか、と思った
 
 
 
 「すぐ近くに車停めてあるからとりあえず乗ってよ」
 
 
 
 男は祐子の手を引き、歩き出した
 
 いちいち気にさわる男ね、なれなれしい!と、思いながらも段々どうでもよくなってきていたのも事実
 
 手を引かれるままに歩き出した
 
 
 
 
 
 祐子は思わず駆け出していた
 
 茶髪男の趣味の悪い真っ赤な車に乗り込む、まさに直前
 
 遠くに父と母と思われる人影を見つけたのだ
 
 後ろで男がなにか叫んでいるが、気にならなかった
 
 
 
 父と母は二人ではなかった
 
 もう一人見知らぬ男が一緒に歩いている
 
 こんな日に早くでかけた理由、それが知りたくなった
 
 祐子は後をつけ始めた
 
 
 
 
 
 「質屋・・・?」
 
 思わずボソボソと口に出してしまった
 
 父達3人が入っていった店は、見知らぬ質屋だったのだ
 
 
 
 見つからないように中を覗く
 
 父達と一緒にいた知らない男がふところから何やら紙を取り出して、店員に見せて何かやり取りをしている
 
 父と母はその様子を静かに見守っているだけだった
 
 
 
 思い当たった顔をした店員は店の奥に一旦消えて、すぐにいくつかの荷物を抱えて戻ってきた
 
 父と母が目の色を変えて、その荷物を探り始めた
 
 そして父が目当ての品らしきものを見つけたらしい
 
 店員と連れの知らない男に頭を下げ、父と母が突然店を出てきたのだ
 
 あまりに突然のことに祐子は身を隠す暇もなかった
 
 
 
 
 
 「あ・・・」
 
 
 
 当然、鉢合わせになった親子3人
 
 
 
 「祐子!?どうしてここに・・・」
 
 
 
 母も唖然としている
 
 
 
 「・・・とにかく、行こう!」
 
 
 
 父がそう言うのを拒む理由はなかったが、祐子は何か釈然としないものを覚えた
 
 
 
 いつも3人で出かけるときは車で食事に行くくらい
 
 こうして3人で歩くのってなんか久しぶり、と祐子はのんびり考えていた
 
 釈然としない、と言っても、鉢合わせになった後の父と母のいつもと変わらぬ表情や態度を見ていたら、段々と気持ちが楽になってきたのだ
 
 
 
 
 
 父は、いつも入るファミレスに比べると少し豪華な店を選び、中に入った
 
 
 
 「ああ、お待ちしておりました。早かったですね」
 
 
 
 ウェイターが父に微笑んだ
 
 
 
 「良かったよ、割と早くに事が済んでね」
 
 
 
 「さようでございますか」
 
 
 
 一体何だと言うのだろう
 
 父も母も店のウェイターまでも祐子の知らないことを知っている、という気がして祐子はまた唇を尖らせていくことになった
 
 店は予約してあったようだし、なんだかわからない用事でお父さんとお母さんはでかけちゃうし、と蒸し返す
 
 
 
 「さ、祐子、夕食にはまだ早いからコーヒーでも飲みながら少し話をしようか」
 
 
 
 父が切り出した
 
 いつの間にか夕方になっていた
 
 
 
 「うん・・・」
 
 
 
 祐子はとりあえずうなづいた
 
 まずはこれを受け取ってくれ、と父が言い、母が小さな箱を取り出した
 
 
 
 「ね、祐子、これプレゼントなの。かけて」
 
 
 
 と、箱から出したのは・・・ネックレスだった
 
 母が祐子の首に手を回して、そのネックレスをかける
 
 祐子は母がかけてくれたネックレスに手を添える
 
 ・・・と、その瞬間
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・  
 
 
 ・・・・・・あれ?
 
 
 
 何?ここ・・・?
 
 
 
 
 
 祐子は今まで自分がいた店とまるで違う場所にいることに気づいた
 
 いや、自分がどこかにいる、とかいう感覚ではなかった
 
 まるで夢の中なのにはっきりと意識があるようなそんな感じだ
 
 
 
 声が聞こえた
 
 
 
 「成美、あんまり高いものじゃないんだけど」
 
 
 
 そう言って小さな箱を向かいの女性に手渡したのは・・・父?
 
 しかし父にしては・・・若い!!
 
 
 
 「ありがとう、恭一さん」
 
 
 
 微笑んだ女性は・・・やはり母だ
 
 キレイ・・・
 
 思わず祐子の意識は若き日の母を見とめてそう言った
 
 
 
 箱から取り出されたネックレスは・・・あれ?今、私がお母さんにつけてもらったのとおんなじやつだ
 
 
 
 若い恭一が同じく若い成美の首にかけている
 
 祐子はどきどきした
 
 その時、成美の左手は、自分のお腹を優しくさすっていた
 
 
 
 「ね、恭一さん、私、このネックレスね、お腹の娘が20歳になったらプレゼントしたい」
 
 
 
 「今の成美が20歳、20年後には40歳かぁ、なんか想像つかないな」
 
 
 
 二人は優しい笑みを浮かべていた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・
 
 ・・・・・・
 
 
 
 「あ・・・」
 
 
 
 ふと気づくと祐子の周りにはさっき父達と入った店の光景が広がっていた
 
 ネックレスをかけてくれた母が自分の席に座りなおしているところだった
 
 
 
 自分でもわからずにネックレスに添えていた左手には自然と力が入っていた
 
 
 
 「ちょっと思い出話をしてあげようかな」
 
 
 
 と優しく話す父と母の顔は穏やかで、祐子の目は潤んでいたのだった