緊急と時間と憂鬱と 56話
空山光平は警察に身柄を拘束された。
風雨はなんども償えと伝えた。
今までにないほど、泣きじゃくりながら。
他人の命を奪うことがどれだけ罪の大きなことか。
いや、罪の大きさだけじゃ計れない。
どれだけの人がどれだけ悲しんだか。
何年懲役になっても、余生は自分の犯した罪を償うことで生きなさい。
自らの命を絶つなどという小賢しい選択肢を私は許さない。
何度も何度も思いをぶつけた。
泣きながら脇田に連行された彼は一言も発しなかった。
何を思っただろう。
参考人として連れていかれたのは三宮晋太郎だ。
彼がいつからこの連続殺人劇を知っていたのか、そしてなぜ警察に言わなかったのか。
牧村や穂乃香もその一連の流れの中で、三宮晋太郎を一貫して擁護した。
もちろん「彼が犯人でなくて良かった」という救いもそこにはあったことだろう。
そうではあったものの、この事件に関わっていたこと自体がまったく好ましくない。
むしろショックだった。
ただ、一歩間違えば彼も共犯であった。
その最低の一歩を彼が踏み出さずに済んだのは、ほかならぬ牧村と穂乃香の存在があってのことだ。
二人ともそれはわかっていた。
わかっていたけれど、事情聴取の中で彼自身からそういった発言があったと知ったときは嬉しかった。
そしてもちろん園田教授も事情聴取を受けていた。
半ば逮捕である。
任意同行ではなく、強制連行だった。
園田は抵抗しなかった。
自らは手を下していないから、罪を潜り抜けるのは簡単だという自負が見て取れる。
ひとまず現段階では、園田を逮捕するに至るだけの証拠はなかった。
釈放までの時間で、エンデル・フロシェールの知る内容から小さな証拠を集めて、風雨がその罪を暴くことになるのはまた少し先の話だ。
動機はわからない。
Twilight Wing で大気の向かいには未知が座っていた。
物理的拘束を受け、頸部の圧迫によるダメージで、10日間もの入院を余儀なくされたが、ようやく一般病棟に移ったという。
外出も許可されたのでこうして出て来た。
「おつかれさま」
未知が声を掛けた。
大気はすぐには応えなかった。
応えることができなかったのだ。
「自分の不甲斐なさに今回ほど嫌気が差したことはない」
珍しいわね、と未知が返す。
そりゃあそうだ。
大気は理知的かつ効率的、頭脳明晰な人間で、それは自覚もある。
その自分の行動が、一歩間違えば最悪の結末を招く可能性があった。
風雨に救われなければ、自分は殺されていただろう。
そして、光平は自分を殺して光平自身も…。
正直ショックだった。
今日、未知に久しぶりの召集を受けたときも完全に気乗りしなかった。
しなかったが、その誘いを断ることは闇の始まりになるであろうこともわかった。
本当に未知は頭がいいと思う。
「で、何がどう不甲斐なかったの?」
いつもより喋りかけてくれる未知の言葉が、痛く、そして温かかった。