Grim Saga Project

緊急と時間と憂鬱と 54話

 
 
 
 
 
 呆然自失状態のまま、光平は大気の首に両手を伸ばした。
 
 
 
 これで。
 これでついに。
 
 最高の存在に。
 万能の自分に。
 
 あいつ驚くだろうな。
 見直すかな。
 
 オレこんなにすごかったんだぜ?
 知らなかっただろ。
 
 
 
 大気の首に触れた両手に少しずつ力を込める。
 大気…。
 大事な友人。
 目指した万能、いや有能か。
 その力をください。
 
 指が少しずつ彼の皮膚に食い込む。
 不自由な大気の顔が苦痛に歪む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「光平っ!ダメェェェェーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!」
 
 声が聴こえた。
 
 お願い。
 やめて。
 ダメ。
 
 そして部屋のドアが乱暴に叩かれる。
 
 なんだよ、興醒めだな。
 
 でも…。
 なんだか懐かしいぞ。
 
 ドン!ドンドン!!
 ドアが叩かれる音が静寂の部屋に鳴り響く。
 
 
 
 風雨の握り締めた万年筆が異様な熱を帯びる。
 それでも風雨は手を離さなかった。
 
 熱い。
 手が熱い。
 それでもこの手を離してはいけないと直感した。
 
 ううううううううん、という空気が震える感覚。
 ぶるぶると訳のわからない振動を感じる。
 私の手が震えているのかもしれない。
 振動音?
 
 手が溶けそうだ。
 それでもいい。
 私の手がただれ落ちる程度で光平が、大気が、助かるのなら。
 そんなのどうだっていい。
 
 
 
 ゴゴゴゴゴという空気の振動感覚の中に小さな金属音が響く。
 
 カチッ。
 
 誰にも何にも触れられることなく、ドアのキーがオープンになった。
 未来の分岐点の扉が開く。