緊急と時間と憂鬱と 38話
その万年筆と向き合うことは、すなわち彼女と対話すること。
対話より近しい表現を探すのなら、それは憑依かもしれない。
初めて彼女の言葉を聞いたのは、小学校高学年の頃だったと思う。
確か5年生の時。
その時はまだ未知、大気とは出会っておらず、やはり幼なじみの光平がトラブルを起こした。
私はどうにかしようとして、知る限りの情報を自由帳に書き出した。
そして何をどうすればいいか、集中して考え始める。
声が聞こえた。
「はじめまして」
聞こえた、というよりは脳に響くような感覚だったと後からは思う。
放課後の教室で、他には何人かいたように記憶しているが、声の主を探してハッと周囲を見渡すも、それらしき存在は見つからない。
「私はあなたの手の中よ」
今までに聞いたことの柔らかな包み込むような声。
言われるがままに自分の手に視線を落とすと、そこには真っ白な万年筆が私の手に握られている。
その万年筆の特徴は、持ち手の辺り、ペン先の反対側に大きな羽根の飾りがついていること。
羽根は閉じた形なのだが、それでもかなり嵩む。
でもなぜか私はその万年筆がとても気に入っていて、常に持ち歩いている。
視線の先の羽根は、大きく開いていた。