緊急と時間と憂鬱と 12話
「らっしゃーい」
軽くドスの利いた声が店に響く。
男女二人連れの客がカウンターに腰掛けた。
男は30代半ば、よれっとしたスラックスにきっちりワイシャツを中にしまっている。
無精髭がぽつぽつと見受けられる。
女は30前後。
さっぱりとした顔の美人に属すると言えそうだが、表情は暗い。
こちらもワイシャツにスラックス。
年齢で見れば恋人とも取れるが、この二人は違う。
仕事仲間、といった風情。
それ以前にマスターは男に見覚えがあった。
「あんたら警察だね」
マスターが他の客に聞こえない程度の声で囁く。
驚いた顔で二人が顔を上げる。
マスターはにやっと笑みを浮かべた。
どうして…、と言い掛けたヒメを脇田が左腕で制した。
どうしてわかったのかを聞いても意味がない。
それより、この店主は他の客に聞こえない配慮をした上で、自分達の素性に気がついたことを伝えてきた。
話のわかる男だ。
「マスター、コーヒーはあるかい?」
「おう。
ホットでもアイスでも」
「じゃあホットを二つ」
この店は使える。
脇田はそう判断した。
「ああ。
ヒメはホットで良かった?」
思い出したように脇田は尋ねると、姫森神菜は小さく頷いた。