緊急と時間と憂鬱と 01話
店は薄暗く、静かだ。
抑えたボリュームで流れるジャズがまた心地良い。
「マスター、レモネードもう一杯」
この店は私の行きつけ。
と言ってもまだ未成年なので、アルコールは頼まない。
「あ、じゃあオレ、コーラ」
連れの一人、空山光平がオーダーに便乗した。
小学生の頃からの付き合いで、いわゆる腐れ縁。
まるで頼りにならない奴なんだけど、なぜか憎めないタイプなのが余計に厄介だったりする。
「みっちゃんはビールか?」
図太い声でマスターが問い掛ける。
いつものことなので、マスターも慣れたものだ。
「うん」
私の通う短大の先輩、水谷未知。
ハタチなので堂々とお酒が飲める。
そして彼女はアルコールに滅法強い。
酔ったのを見たことがなかった。
「なぁ、ところでよ、おめーら」
マスターが3人分の飲み物を用意しながら言う。
「相変わらず口わりーなあ」
そういう光平も大して変わりない口の悪さ。
気にも留めずマスターが続ける。
「今朝ここらで人殺しがあったの知ってっか?」
え?
…初耳だった。
物騒な話題は好きじゃないのに。
「光平みたいなネタ振るのね、マスター」
未知が言った。
「うわ、なんかオレひどい言われようじゃね?」
でも確かに未知の言う通り。
マスターらしくない。
こういう話はトラブルメーカーの光平が切り出す。
そして、いつもならもう一人の連れ"大気"にツッコまれるパターンが定着している。
あー、そうかもなぁ、とマスターが呟く。
「殺されたのは子どもだったんだけど、そこの親御さんがオレの知り合いでね」
やめてよ…。
私、そういう話ダメだってば。
「やめて、って顔してるお嬢ちゃんがいるからやめとくが、オレぁあそこの旦那には世話んなってんだ。
もし犯人見つかったらタダじゃおかねぇ」
喋り方がこんなだから誤解されやすいけど、マスターは普段あまり感情的にならない。
素直に珍しいと思った。
いつも平和な田舎街にそぐわない話。
なんだか奇妙な違和感を覚えた。