心想夕戯 ~the fob watch ferrying memories
夕闇に友想ふ ~friends
1-19. 良薬、口に苦し ~a bitter pill to swallow
「おはよっ、想」
夕華だ。
いつもと一緒。
平和な日常。
全部夢だったんじゃないかとすら思う。
左手を胸に当てる。
あれから想飛針を、ホントに肌身離さず持つことにした。
普段は首から提げている。
左手が懐中時計を確認するのが、習慣になってしまった。
あれから一度も想飛針の声を聞いていない。
また私に語りかけてくれる日は来るのだろうか。
事件のその後をもう少し。
私と夕華はすっかり元通り。
一番惨めだったのは田嶋。
事件直後、奇しくも木崎との関係が続けられる状態ではなくなった。
彼はそれを機に夕華へのアプローチを強めた。
偶然私も居合わせたタイミングで言い寄ってきた。
二度と寄り付けないほど、こてんぱんに言ってやった。
なんと言ったかは、想像に任せることにする。
光に打たれた二人はしばらく目を覚まさなかった。
先に目を覚ましたのは、香田七海。
あれから二日後のことだ。
香田は事件の記憶を失っていた。
それ以前に夕華をストーキングしていたことは覚えていたらしい。
夕華の家へ、直接謝罪に訪れたそうだ。
羨望が悔恨に変化するような、長いスパンで蓄積された感情。
目を覚ました香田からは、そういった思いがなくなっていた、と夕華に伝えたと聞いた。
香田が言っていた“柚木園葉が夕華を憎んでいる”件。
あれはどうやら完全にでまかせだったようだ。
負の気持ちが溢れ出した事件当時の香田は、気に入らなかった私も一緒に…。
そんな思いに駆られたのだろう。
想飛針が初めに見せてくれた未来の記憶とは、私が犯人探しに動いた影響によって変わってしまったのだと思う。
さて、最後に木崎麻実。
彼女は事件から一週間ほど経過して、ようやく目を覚ました。
しかし、植物人間状態。
おそらく、生まれてからのすべての記憶を失ったんじゃないだろうか。
事件直後、異常に気付いた小学校の警備員が警官を呼んだ。
状況証拠は木崎が犯罪者であることを示し、一旦は殺人未遂事件として扱われた。
意識すらまともに取り戻せない彼女に責任能力を問うことができない。
現在は不起訴処分で、事件は宙に浮いている。
結局すべて。
この懐中時計が救ってくれたよ。
おばあちゃんはにっこり笑った。
想飛針が想を選んだんだよ。
私はまたそっと、胸の時計に手を当てた。
「おはよう、夕華」