Grim Saga Project

心想夕戯 ~the fob watch ferrying memories
 夕闇に友想ふ ~friends

 1-5. 一難去ってまた一難 ~regret after another

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今思えば、そりゃそうだ。
 
 昨夜、突き落とされて意識を取り戻した直後。
 いくら落ち着いて思考した気になっていても、所詮は動転していたということか。
 
 今頃気付いた。
 もう遅い。
 手遅れ。
 
 しかし、薄れゆく意識は、抑制を無視し、残り少ない力を使って思考する。
 まるで彼女がこの思いを受け止めてくれることを信じているかのごとく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今朝。
 気分は悪くなかった。
 昨夜あんなことがあったのに。
 
 前回彼女に言いそびれた時よりも、相談しよう、という決意が強い。
 だからだ。
 きっとそうだ。
 
 むしろ晴れやか。
 一晩ゆっくり眠ったら、全身の痛みもだいぶ和らいだ。
 足取りも軽く、学校に向かう。
 
 
 
 犯人には殺意がない。
 
 昨夜はそう結論を出した。
 突き落とされた階段を上る。
 自分が導き出した結論を疑うよりも、彼女と仲良くなるきっかけをつかんだ高揚感が強かった。
 
 いつもより早い時間。
 緩んだ警戒心。
 
 
 
 いつもの土手道。
 緑の多い川沿いの歩道。
 人通りはまばら。
 
 小高い土手からもう少し下る。
 川沿いの林道、といった風情。
 ゆっくりと気分よく歩いていた。
 さぞかし無防備だったことだろう。
 
 足音もなく接近した何者かに気付くはずもなかった。
 クロロホルムというやつだと思う。
 突然背後から、口を塞がれた。
 みるみるうちに意識が遠のく。
 
 がっくりとうなだれる自分。
 不幸なことに、意識が完全には失われない。
 
 まず、林に引きずり込まれた。
 ロープで体を拘束される。
 妙な匂いの布を口に押し込まれ、テープを張られたのがわかった。
 
 そこで一旦意識を失った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ふと目覚めた。
 口が塞がれ、手足は動かない。
 なぜだか知らないが目隠しはされていない。
 見覚えのある景色。
 
 数秒の後、ここが学校の屋上であることがわかった。
 しかし、今通っている高校ではない。
 母校……
 小学校だ。
 
 四階から屋上に出るための出入り口がプレハブのようになっている。
 そのプレハブの陰に寝かされ、手足は近くの排水管に固定。
 布を被せられている。
 隙間から見える景色で場所は特定できた。
 
 既に辺りは薄暗い。
 どれくらい眠っていたのだろう。
 
 薬が抜けきっていないのか、眠い。
 何もできないまま時間だけが過ぎる。
 寝たり起きたりを繰り返すうちに、すっかり辺りは真っ暗になっていた。
 
 一つ妙なことに気づいた。
 足。
 靴を履いていない。
 
 
 
 
 
 「お別れだ」
 
 
 
 
 
 押し殺したような声が聞こえた。
 聞き覚えのある声。
 クラスメートたちの顔が次々と浮かぶ。
 
 寝ているうちに運ばれたのだろう。
 屋上の縁、つまり自分が柵の外側に転がっている。
 柵の内側に立っている人間が、ロープに何かしている。
 態勢が悪い上に、暗くて顔が見えない。
 
 家族の顔が脳裏をよぎる。
 確信した。
 
 
 
 殺される。
 
 
 
 殺意がなかったんじゃない。
 より確実に事を運びたかったのだ。
 
 やがて身体が少し楽になった。
 ロープがほどかれたのだ。
 ふらふらしながら振り返り柵に手を伸ばす。
 見上げると犯人は目の前にいた。
 
 ヤツは無造作に、口のテープをはがし、口の中の布を引っ張り出した。
 
 そして。
 
 
 
 
 
 
 …今。
 落ちる。
 落ちている。
 地面に向かって。
 
 押された。
 突き落とされた。
 
 ああ、アタシ自殺したことになるんだ。
 もう…
 どうしようもない。
 
 
 
 クラスのみんな。
 お父さん。
 お母さん。
 
 さよなら。
 
 彼女ともう少し話したかったな。
 同じにおいを感じた初めての友達。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さよなら、想。