心想夕戯 ~the fob watch ferrying memories
夕闇に友想ふ ~friends
1-1. 賽は投げられた ~the die is cast
「結城さん」
呼ばれて私は振り向いた。
「あ、えっと………日比野さん、だっけ…?」
「お。ちゃんと覚えてたんだ、アタシの名前!」
日比野夕華。
クラスメートだ。
彼女の言葉からわかるとおり、私はクラスメートの名前なんてほとんど知らない。
興味がない。
「“夕華”でいいよ。
それよりなにしてんの?」
なんだっていいじゃない、と言いそうになったがやめた。
「別に」
「ふーん」
怪しむ感じも、追求する感じもない。
私はこのクラスメートに、少しだけ好感を持った。
「これからなんか用事?」
夕華が質問を重ねる。
現在午前0時、地元の駅前。
これからもないものだ。
「ううん、もう終わった」
私にしては珍しい。
クラスメートとの会話。
意外なほど素直に答える自分。
「アタシも今日はもう帰るトコだったんだー。
珍しい出会いを祝して、一杯お茶でもしてかない?」
ものすごく強引なのに、嫌みがなかったので、私は思わず笑ってしまった。
「いいよ」
今までの自分であれば、イエスなんて有り得なかったはずなのに。
今日はどうかしてる。
さっきのアイツのせいか…?
日比野夕華は、ドーナツをペロっと3つ平らげていた。
私はコーヒー。
昨日の授業の話とかあの先生がどうだとか。
夕華はほとんど一方的に喋った。
私はなぜかすごくリラックスしていられた。
相槌を打ちながら、熱いコーヒーを飲む。
「さあて、そろそろ帰るか」
夕華がトレイを持って立ち上がる。
私は彼女の分まで払おうかと思ったがやめた。
両親で“結城グループ”という組織を統括している。
夜の街、いわゆる水商売、の総元締のようなことをしているらしい。
おかげで金に不自由しない代わりに色々面倒だ。
私たちはそれぞれ支払いを済ませて店を出た。
歩きながら夕華がまた口を開く。
「結城さん、結局アタシのこと一回も名前で呼んでくれないんだもんなぁ」
学校で誰かと関わるとロクなことにならない。
十年以上もの学校生活で得た教訓だ。
日比野夕華に、さすがにそこまで心を許すには至らない。
「あ。アタシから呼んじゃえばいいのか」
ぎくっとした。
嫌な予感。
夕華はにこにこして屈託がない。
ふと、夕華がピタッと歩みを止める。
「それじゃ、この辺で。
アタシんちアッチだから」
小さな交差点。
まっすぐ進もうとした私に、夕華は左の道を指差す。
ホッとした。
軽く手を振って別々の道を歩き出す。
「今日は楽しかった!
また明日学校でね、想!!」