V10. 想飛針
ドン!
…と、深く重い衝撃を受けた。
沈んでいく。
何かが重くのしかかってくる。
上下がわからなくなる。
感覚がなくなるような、冷たくひんやりしているような。
深海、というイメージ。
実際に深海に潜ったことなどないからわからないけれど。
しかし息ができないということはなかった。
これも一つの世界なのだと気付いた。
繋がったのだ。
気がついてしまえば、これは明らかに器の空間だ。
色々な空間を見たはずだったけれど、これはまた不思議な静寂、そして広大さ、暗さ、深さ。
「ようこそ。貴女は…だあれ?」
「え、え…と、私は根室雛と言います。多分半分人間です。」
「ヒナ。」
「はい。親しい友人にはピネと呼ばれます。」
「私は親しくなれるかしら。」
「喜んで。」
「では、ピネ。」
「はい。」
「うふふ、楽しいわ。どうぞ楽にして。取って食うつもりはないから。」
「はい。」
「うーん、そうね。ではまず、ピネはその敬語を取り払うところから。親しくしてくださるのでしょう?」
「え。うー、できるかな…。……あ、でもそうね、カナメさんや瞬たちと話している感じにしよう。やってみる。」
「それはとてもいいわ。やってみて。さて、改めて、こんなに深く暗い奥底へようこそ。時に私は今のマスタと会話することもあるけれど、彼女はもう少しこの世界の表層までしか招けないから、ピネのようなコミュニケーションは取れないの。一つ一つを伝えるだけでものすごく消耗してしまうから。だから、気兼ねのないお話がしたいわ。雑談しましょう。」
「雑談、かあ。私、ここまでに貴女以外にも色んな神さまとお話してきました。それぞれに色んな特徴があって、でもとてもみなさんステキ。私は人間社会の暮らしに適応できず、一度離脱しているからかもしれないけど、神さまたちはとても好きです。貴女は、人間をどう思う?」
「ふふ。雑談にしては真面目ね。取り留めがないよりは良いかも。人間はとても興味深い生き物。下等とも思える価値観や行いをたくさん見てきたけれど、それでもそればかりではない光る何かを持つ者も多い。だからそうね、とても興味を持っているわ。あ、そうだ、私もピネから名前で呼ばれたいわ。」
「え、でもグリムの器の名前には強い力が…。」
「そうなのよ、困ったわね。無責任にピネに重荷を背負わせたくはないし。」
「んー、今のマスタからなんて呼ばれているの?」
「あ!そうね。私には正式な名以外にもあだ名のような呼び名がいくつかあるから、それを使えばいいわね。ピネは私の今の、そちらの世界における姿は視認した?」
「いえ。まだ。」
「うん。私は今懐中時計という物の姿をしている。今のマスタは想飛針という名を認識しているわ。」
「ソーヒシン…。シンは針ね。時計だからかぁ。素敵な名前だけど呼びやすくはないし、かわいくないな。」
「ふふ。素直ね、私もそう思うの。どういう風に呼んでくれる?」
「ソッピィ。」
「!…うわあ、すごいわピネ。これはまさにあだ名。すごいすごい。うわあ、ソッピィね、うん、うんうん。」
「え、こんな安直な感じでいいのかな。多分私ネーミングセンスとかなくて。」
「いいえ。とても気に入ったわ、ありがとうピネ。」
「いえいえ、でもたしかにソッピィっ呼んでたら親しく感じていっちゃいそうだからこれでいいのかな。」
「うん。」
「またお話しに来る。いいかな?」
「もちろんよ。マスタとも仲良くしてあげてね。」
「はあい。それじゃあまたね、ソッピィ。」