Grim Saga Project

V08. エンデル・フロシェール

 
 
 
未知さんは少し遠いところに住んでいるから、何度かしか会えていない。
彼女と同じ地域に住んでいて、マスタとしては未知さんよりも長い経験を持っているのがこの風雨さんなのだけど、やはり変わっていた。
名前も変わっているけれど。

貴女、もしかして私の器と会話できる?
と唐突に聞かれた。
どうしてそう思うのか聞いてみると、うーん、なんとなく、という不思議な返答。
様々なグリムの器と会話をする中で、私のこの異質についてはあまり公にしない方が良いということで、この力についてはカナメさんしか知らない。

カナメさんは頭が良いから、私の振る舞いや色々な出来事からそうでないと辻褄が合わないよね、と言われた。
瞬や凛にも打ち明けてしまいたい気持ちがあったのだけれど、カナメさん曰く、それは今ではない方が良いのではないか、とのことで従うことにしていたので風雨さんにも「ナイショですよ」と伝えた。

私の器が私以外とどんな会話するのか興味があるんだ、とのこと。
いつもの通り、そこにいる感覚に照準を合わせて意識を向けてみると、そこには羽の生えた天使が立っていた。
世界はただ白く靄が掛かっていて、足下は雲が綿飴のようにふわふわとして覚束ない。



「貴女は神さま?それとも天使?」

「そのどちらでもないけれど、貴女次第とも言えるわね。私はエンデル・フロシェール。風雨と共に生きるグリムの器よ。」

「はじめまして。…あ、なんか自己紹介って初めてされたかも。」

「私たちはね、自己紹介はしないの、本当は。」

「え、じゃあなんで貴女は…?」

「私はグリムの器の中でもさらに少し特殊なので、名を告げることに抵抗がないの。つまり、他の器はそう簡単に名乗ることができない。」

「名前を伝えてはいけないのはなぜなのですか?」

「ええ。それは私たちの名前には力が宿っているから、その名を呼んでいいのはマスタだけなの。だから、おいそれと名を告げられない。」

「では貴女はマスタ以外の誰かに名を知られても問題がない、ということなのですね。」

「ええ、その通り。私の力はマスタと強い結びつきの上で成り立つので、他者に名を呼ばれることは人間の挨拶と同じようなもので特に問題にならない。」

「ではエンデル・フロシェールさんは、風雨さんと私以外にもその名を知っている人間がいる、ということ?」

「ええ、未知も知っているしね。」

「なるほど。風雨さんが自分以外と貴女がどんな話をするのか、興味をお待ちです。話すことって何か変わるものですか?」

「うん、そうね。私は風雨とは、その時に問題となっているトラブルについてしか話さないからそういう意味ではそもそも話す内容は異なります。だからそういう話、つまり雑談を私としたことがないから興味があるのね。」

「なぜ雑談はしないのですか?」

「必要がないから。」

「色んなお話をした方が仲良くなれるし、お互いのことを知れるのではありませんか?」

「それも一理ある。私は風雨に力を貸したいとは思っているけれど、反面繋がりが強くなり過ぎないように気をつけています。貴女も知っての通り、グリムの器には少なくとも人間のような寿命の概念がないから、経年による劣化はないとは言えないけれど短期における寿命はないに等しい。つまり歳を取らない。ということは、先に命が尽きるのは悲しいけれど人間であるマスタということになるわ。あまりに一人のマスタと心が繋がり過ぎてしまうと、失った時にとても悲しい。そんな経験を繰り返した結果の距離感なのよ。」

「そっか、なるほど…。あの、ところでグリムの器同士は名を知っているものですか?」

「いいえ。人間と同じ。パッと会う、つまり互いに認知をした瞬間にはわからないわ。長い歴史の中で互いの名を知ることになったケースや、その名がとても有名になってしまったようなケースや、私のような例外が一部あるけれど。」

「マスタと言えど、名を教えてもらうことは特別なことですか?」

「ええ、とても。」

「そっかあ。」

「ふふ。貴女の器の名をもう少し大切にしてあげられるといいわね。」

「はい。ちゃんと考えたことがなかったので、私の神さまとお話してみようと思います。ありがとうございました。」

「いいえ、どういたしまして。」