The Pears 08 - Airy-Fairy ~ 妖精
「ナスさん、世の中にはまだまだ理解もできない不思議なことがたくさんあります。私たちはそのいくつかの、とても近くにいます。」
そのようですね。
ロマンティストなつもりはありませんが、先ほどの出来事も含めて、あなたたちとお会いしたら何が起きても不思議じゃない気すらしますよ。
「本当ですか?意外と私たち、普通かもしれませんよ?」
ラムが切り返す。
いやいや、つーかどっちだよ、と思うが、そんなことまで素直に伝える必要はない。
あなたたちは何者なんですか?
そして、グリムとは一体何なのでしょう。
「私もよくわかりませんし、グリムについてはもっと知りたいと思っているんです。ただ、この子の方が特殊かもしれませんね。」
ラムの言葉が難しい。
簡単なのに難しい。
つまりどういうことだろう。
少女の方が特殊な能力を行使することができるということか?
「そうだなあ。例えば、この子と私が初めて会ってから7年ぐらい経つのですが、今とまったく変わりません。」
「ラムは大きくなったよね。」
「好きで大きくなったんじゃないよう。あと、ほら、今もうお客さん他にいないし、あのマスターは私信頼できると思ってるから見せてよ。」
「えぇ!恥ずかしいよ…。」
「恥ずかしがることないのに。綺麗なんだから。」
ほら、と言ってラムが俯きがちな少女のフードを取る。
うわっ、と透明感のある声が響いた。
今日聞いた中で少女の一番大きな声だったが、それでもか細い。
フードの下から現れたのは、美しい猫っ毛の柔らかそうな髪だった。
少し天然でパーマの掛かったショートに近い髪型だが、目を見張るのはその色である。
透けるような青。
水色に近い。
更にはフードを取られて両手をあたふたとさせながら、俯いていた顔を少し上げる。
今までほとんど下半分ぐらいしか見えなかった顔の、隠れていた部分には大きく美しい瞳があった。
恥ずかしそうにこちらを見上げて、すぐにまたフードを被ってしまった。
なるほど。
これをもし他にも知っている人がいたなら、妖精と比喩をするのが一番近いかもしれない。
でもそれ、やっぱりあんまり人前に出さない方がいいんじゃないだろうか。
変な男も寄り付くだろうし、もっと下手なことになればそこには金目当ての害虫がいくらでも寄って来そうだ。
「そう。だから滅多に見せない。」
別にそこらの男性が寄り付くことに大したリスクはありませんけどね、私たちの場合、ともラムは付け加える。
確かに。
でもじゃあなんで初対面の俺なんかに…。
言いたいことも聞きたいこともたくさんあるはずなのに、言葉にならない。
「ナスくんは信用していいんです。」
突然また透明な声が、小さいのに響く。
それはあなたの未来を見る力がそう言っているのですか?
「私、未来を見る力なんてありませんよ。教えてくれるんです。」
誰が?と尋ねると、大切なパートナーが、という答えが返ってきたが、少なくともそれはラムのことではなさそうだ。
「ところでナスさん、私のことをラムさん、ってさん付けしなくていいですよ。芸名だし、ナスさんの方が歳上でしょう?」
と、美人に微笑まれた経験があまりない俺はどうしていいかよくわからない。
よくわからないのに、わかりました、と答えてしまってから失敗したと思うも時既に遅しである。
しかし、よくよく見るとラムはどこかで見たことがある気がする。
真白に似てるとかそういうことではなさそうな。
あ!
と、声を上げてしまった。
ああ、モデルのラム、って最近テレビなんかにもちょくちょく出てる注目の…。
「うわあ、私そういう風に見られるのイヤだなあ。」
じゃあやめた。
元より大してテレビに興味はない。
興味はないクセに、思ったよりも有名な芸能人が目の前にいるってことで、無駄なミーハー感が出たのだろうか。
ああ、さっきの男どもはそれに気付いたから、大人しく飲んでたのに絡んで来たのか。
ところで、どうして俺は茄子なんですか?
「ああ、カワイイでしょう!?あだ名です!」
少女があまりに嬉しそうに言うものだから何も言えなくなってしまった。
そして、もう一つ、少女には"人ならぬ人"という言葉を連想させる特徴があったのだが、あえて語るまい。
コスプレと見紛うが如く、である。