Grim Saga Project

The Pears 07 - Links Vessels ~ 器に繋がりて

 
 
 
「マスター、ごめんなさいね、騒がしくして。」



ラムがマスターを振り返って、透き通るような声で謝罪の言葉を口にする。
いやいや、ウチの客が失礼をしてこっちこそ申し訳ない、と対応したマスターがプロの仕事ぶりだと感心した。
口ぶりは雑なようだが、このマスターは真摯だ。
見たところ、ラムはこの店をこれまでにも利用していて、マスターとは顔見知りだが、こういう事態が起きたのは初めてだったのではないだろうか。

オススメのおつまみとオーダーして提供されたフィッシュアンドチップスとサラダに、少女がちびちびと手をつけながらオレンジジュースにもほんの少しずつ口をつけている。
霞を食べているのかと思うぐらい一度に食べる量が少ないので、つまみが減っている気がしない。

とにかくまったくわからない。
何がなんだか。

そういえばもう一組いたカップルの客もいなくなっていた。
そりゃあれだけ騒げば当然か。
いや、もしかしたらそれ以前の段階でいなかったのかもしれない。
注意力が散漫になり過ぎていて、今ようやく客が自分たちだけになっていることを把握した。
ああ、きっとこの二人が入ってきたらカップルの客には都合が悪いよな、と今更ながらに思い至る。



「えーっと、ナスさんは、世の中には不思議な力が存在していることはきっとご存知ですよね。」



努めて自分の思考能力を取り戻そうとしていた俺は、与えられた言葉をどうにかしっかり捉えようとした。

この話をするつもりだったから、今の出来事が「ちょうど良かった」ってことですね。



「ええ。そしてあなたもその力に心当たりがある。」



ああ。
この二人は知っているのだ。
俺もその力の片鱗に与っていることを。

すべてご存知なのですね。
借りたい力というのはそのことですか?

はい。
と少女が頷き、今までで一番長いセリフを発し始めた。



「ですが、すべてわかっているわけではなくて、ほんのごく一部しかわかりません。私にわかるのはあなたが何らかの力を得ているであろうことと、真白さんにお会いになられたであろうこと、あとはあなたのお力を私たちが借りるべきであることだけなのです。」



それでは俺がどのような特殊な能力を得たのかは…。



「はい。存じ上げておりません。」



先ほどはラムの声を透き通るような声だと感じたが、こうしてキチンと聞くと少女の声の方が透明感が高い。
そんなことよりも重要な話をしているはずなのに、奇妙な不謹慎感を覚えないでもないが、自らの愚鈍さに苦笑すら禁じ得ない。

俺が手にしたのは他人の心を覗き見る力です。
ただし、俺の気持ちとは連動しない。
こいつが勝手に必要と感じたタイミングで、必要と感じた対象の心の声を俺に伝えてきているのではないか、と解釈しています。

と言いながら、俺は左手を下向きに差し出した。



「この指輪が、…グリムの器なのですね。」