The Pears 05 - Request ~ 依頼
「真白、という女性をご存知ですか?」
唐突過ぎてわけがわからなくなる。
ラムと名乗った女性が発した言葉だったが、あまりにも今彼女のことを考えていたタイミングで名前が出たので、反応がとても遅れた。
存じ上げません、で済む間合いではなくなってからノーマルな思考にゆっくりと戻る。
知らない、と嘘を吐くメリットはあるだろうか。
こういう瞬間的な判断には自信がある方で、突出した能力があるわけでもない自分が世に出て生きていくための数少ない武器だとも思っていた。
あっさりとリズムを乱されて、大した切れ味ではないことが露呈した。
例の情報屋の男のところに包帯野郎が来たのは当然真白と会ったパーティの前だ。
俺と彼女が会ったことを知っていてこう聞いているのであれば、俺は試されていることになる。
嘘を吐くメリットはない。
それ以上にこの奇妙な取り合わせの二人は疑って掛かる必要のない相手ではないかという、期待にも似た感情が判断能力を支配気味であった。
きっと甘いのだろう。
つい先日会いました。
お世辞にも早い返事とは言えないが、せめて真摯に答えるべきだという判断に従ったまでだ。
「ああっ!本当だったんだ…!良かった、あの子ったら、もう…!」
大袈裟な反応のようにも思えたが、自然だと感じた。
このラムという女性は、モデルではなくて女優ではないか?と一瞬頭をよぎったが、なんとなく失礼な想像のように感じて思考を断ち切る。
え、…と、ラムさん、と真白さんのご関係は…?
聞いて良いことかどうか躊躇いながら聞いています、という聞き方をしてしまった。
好ましくない。
まったくペースが乱されている。
「あ、あの子、私の妹です。ずっと連絡が取れなくて」
なるほど。
…え?
ラムさんと真白が姉妹。
言われてみれば、なんとなく面影がなくもない。
いや、だいぶ似てる気もする。
まったく人の記憶の曖昧さとは驚くべきものだ。
えっと、で、隣の籠のお嬢様の姉代わりでもあるわけで、でもそれはつまり実の姉妹ではないということだ。
ラムさんと真白が姉妹で、籠のお嬢様は他人ってことだな、と子どものように考える。
思考能力低下中といえる。
あ、でも先日初めて偶然お会いしただけで、連絡先とか何もわからないですよ?
「あ、いいんです。こんなに長く連絡が取れなかったことがなくて、ちゃんと元気にしてるかどうか心配だっただけなので。」
それなら良かった。
また会うことになりそうな予感は満載だが嘘は吐いていない。
罪悪感はなかった。
それに今日の話の本題はおそらくこれではない。
だったら、籠のお嬢様と呼ばれる不思議な少女が一緒にいる必要がない。
それで、せっかちなようで恐縮ですが、本題は別にあるのでしょう?
ラムが隣の少女を見つめて頷く。
「あの、ナスくん、私たちに力を貸していただけませんか?」
へ?
…っとっと、危なく間抜けな顔になるところだった。
現実には少し眼を見開いて小首を傾げたに過ぎなかったはずだが、見ようによってはめちゃくちゃキョトンとしていたことだろう。
籠のお嬢様がどんな話をするのか、まったく予想はついていなかったが、この依頼は漠然とした予測の斜め上を行っていた。
それでは何のことだかサッパリわからない。
仕草からもそれは伝わったのではないかと思う。
子どものような少女の口から自分が突然クン付けで呼ばれた違和感も半端なくあったが、それ以上の奇妙さが頭の中を渦巻く。
頼られている、と感じた。
言葉を額面通りに受け取ればそうなのだろうけれど、それ以上の何かを感じたのだ。