The Ring of Re-incarnation
Chapter 01. The Ring of Re-incarnation
「え?…なんで!?」
梨紗は立ち去る尚都の後姿を呆然と見ていた。
梨紗の恋人、尚都は三年ちょっとの付き合いを経てつい先日ようやく梨紗にプロポーズをしたところだった。
いつもの優しい笑顔で、少し顔を赤らめながら渡してくれた白銀の指輪は、梨紗の左手薬指で輝いていた。
幸せの絶頂にいたはずの梨紗が、デートのための待ち合わせ場所で尚都から唐突に別れを告げられた。
「俺、やっぱり梨紗を幸せにできない。ごめん」
どれだけ立ち尽くしただろう。
土曜日の昼下がりだったはず。
あまりの衝撃を受け容れることも理解することもできず、ただそこにいた。
日が傾きかける。
次の瞬間、梨紗は自室にいた。
どうやって家に辿り着いたのかさっぱりわからない。
ベッドに横たわっていた。
悲しみも、怒りすら、何の感情も沸かない。
ただ驚いた。
ショックだった。
何が起きたのかまったくわからない。
いつもの尚都の口から発せられた言葉が、あまりにも普段の彼とギャップがありすぎて、まったく入ってこない。
あれが現実に起きたことだったと認識するまでに至らない。
否。
その言葉がどういう意味かはわかった。
だから仰向けになった梨紗の頬も首も洋服の襟元でさえ、涙でぐしゃぐしゃに濡れている。
だけど梨紗は気にならなかった。
ただ無意識に体制を変えただけだ。
左手の上に右手を乗せた。
「あ、…あっ、つ…、あつっ!」
呆然自失の梨紗もさすがに異常な熱で我に返った。
重ねた右手が熱い。
その熱の元は左手、いや薬指の指輪であると気付いた。
その時、重ねた手の隙間から激しい光が漏れ出した。
不思議な現象だとは思ったけれど、それ以上の衝撃を受けていた梨紗は、深く考えることもなくその光に身を委ねた。
†
意識が遠のいていたようだ。
ゆっくりと薄く目を開けると、そこが空中だと気付く。
あれは、私だ…。
見下ろす先には布団に横たわる老夫婦らしき二人の姿があった。
妻であろう老婆が、理由もなく自分だとわかる。
しかし、認識している自らの容姿とは似ても似つかないし、そのまま歳を重ねてもこうはならないであろうという姿だ。
ブロンドの髪に青い眼。
眠る前のひと時を、楽しそうに話して過ごす幸せそうな老人たちは、しかしやはり私たち夫婦なのだと感じる。
遠い昔の記憶、という感覚もあった。
とても穏やかな気持ちになる。
そう。
色々なことがあった。
それでも50年という歳月を共に過ごした。
幸せだった。
いや、今も幸せなのだ。
だから、私の視界に映る私たちはあんなにもにこやかなのだ。
隣で優しそうに微笑む老いた紳士は、紛れもなく私の夫なのだという感覚。
なんて愛おしいのだろう。
この人と過ごした時間を思い出すことができる。
長く、そして早かった。
充実していて、幸せだった。
ああ…。
私は何をしているのだろう。
どうして、私は昔の私に出会ったのだろう。
なぜ今までこんなに大事なことを忘れていたのだろう。
実態のない私が、それでも感覚的に目を閉じる。
幸せな記憶と共にまた意識が遠のいた。
†
梨紗は身体を起こした。
涙を拭って、着替えを出す。
バスルームでシャワーを浴びた。
もう一度、身だしなみを整えた。
あれから、おそらく一晩が経過したのだろう。
外が明るい。
梨紗は迷わず身支度を整えて、家を出る。
尚都の家に着いて、チャイムを鳴らす。
出ない。
次に何度かお邪魔したことがある彼の実家に向かうことにした。
一人暮らしの尚都の家から電車を乗り継いで二時間程度だ。
日曜日の昼下がり。
突然の訪問になってしまうが仕方ない。
ご実家の連絡先を梨紗は知らないのだから。
迷うことなく到着することができた。
ふうっ、と一息つく。
チャイムを鳴らした。
「はあい」
まだ40代の尚都の母の声は若々しい。
今までに三回会った。
尚都の母を、梨紗は大好きだった。
ドアが開く。
どなた?という声と共に、尚都の母親が開いたドアから顔を覗かせる。
一瞬の後、驚いた顔になる。
「梨紗ちゃん、…上がって」
尚都の母親はすべてを悟って決意をしたように声を絞り出した。
リビングには尚都の父もいて、お母さんが三人分のお茶を入れてくれた。
聞きたいことがたくさんあるけれど、慌ててもしょうがないし、もう心は決まっている。
「尚都は、梨紗ちゃんに何て言ったの?」
お茶を一口飲んで、尚都の母が尋ねた。
梨紗はありのままを答える。
今、尚都に会おうとして会えなかったこともすべて。
そんなにひどいことを言ったのに、わざわざここに来てくれた梨紗ちゃんには話さなくちゃならないね。
そう言うと、尚都の父が部屋から出て行った。
お茶を飲んだらついてきて欲しい、という尚都の母の言葉に力強く頷く。
車で約20分の移動が、尚都の実家に向かう二時間よりも長く遠く感じた。
着いたところは病院だった。
大きな市立病院。
その一室に尚都がいた。
「尚都…!」
「ああ、梨紗。来ちゃったんだ…」
梨紗は尚都のそばまで駆け寄りたいのをグッとこらえて、ゆっくりと歩み寄った。
尚都の両親がそれに続く。
「ごめん、梨紗。幸せにしたい気持ちは本当だった。だけど、俺にはそれができないことがわかっちゃったんだ」
「ダメ」
「俺と一緒にいちゃいけない」
「どうして?」
「病気なんだ。治らないって言われた」
「私、一緒に戦うよ。私が尚都を幸せにする」
治らない病気。
突然自分のことを嫌いになったり、他の女性のことを好きになったり、絶対そういうことじゃないって思った。
やっぱりな。
梨紗はそんな気持ちだった。
「指輪が教えてくれたの、尚都から離れちゃいけないって」
「え?」
そう。
指輪のおかげで気がつくことができた。
どうして私は信じることができなかったんだろう。
尚都は、病気の自分と一緒にいても私が幸せになれない、私を幸せにできないと思ったから別れようとした。
だったら私が尚都を幸せにすればいい。
長い戦いが始まるけれど、それは二人にとって最善で幸せな選択だった。
Chapter 02. The Spiral of Re-incarnation
今、俺にできること。
それを探さなければいけない。
それも最善効率で。
普通の人と同じではダメだ。
彼女を守るためには普通にがんばっても足りない。
一度は諦めかけたこの命が救われたのはひとえに彼女の存在に依る。
その彼女が病に伏した。
今度は俺が彼女を支える番だ。
命に替えても。
†
俺はまず、人とは違う方法で金を稼ごうと思った。
就職して働いて会社から報酬をもらうやり方では足りない。
だからといって人を騙すような悪事を働こうというわけでは当然ない。
俺自身もそんな性格ではないけど、それ以前に彼女に顔向けできない。
俺にしかできない仕事。
考えた時に「あの指輪」に思い至った。
そう、彼女に贈り、俺と彼女を繋ぎとめてくれたらしいあの指輪。
何が起きたのかわからなかったけれど、あの指輪に不思議な力があるということについてはなぜか疑うことなく受け容れた。
それが何かの「特別」かもしれない。
指輪について調べてわかったこと。
一つは我が家に代々伝わる不思議な指輪だったということ。
もう一つは刻印だ。
代々伝わる、というのは祖父母、両親の縁結びにも一役買ったらしいということだった。
ある意味、俺と彼女にしても既にこの指輪の世話になった。
一度彼女に渡した指輪だが、今は手元にある。
キチンと別のものを購入して改めて渡す、と約束して持ち出そうとしたのだが彼女はこの指輪がいいと言って聞き入れなかった。
「特別に少しの間だけ貸してあげるね」
だそうだ。
ははあ、ありがたきしあわせ。
刻印については英語に近い文字だが少し違うようにも見える。
かろうじてラストネームが読み取れる。
G、…r、i………、m
グリム。
俺は知らなかったのだけれど、グリムというキーワードで調べていくとかなりコアでアンダーグラウンドな一部の層だけが詳しく知るという情報網に当たった。
はっきり言っておかしな人間しかいない。
身の危険を感じなくもないが、やるしかない。
色々な変わり者の話を聞いて、もう少しわかってきた。
この指輪は「"輪廻の指輪"と名付けられたグリムの器ではないか」とのことだった。
わかってきたのか、更にわからなくなったのか。
グリムの器ってなんでしょう…。
†
職業は自由業です。
言ってから胡散臭っ!と思う。
しかしフリーターです、と言うわけにもいかない。
どこで何をどう間違ったか、目の前の女性が左手で俺の右手をぎゅっと握り
「彼が私のパートナーです」
と紹介したからだ。
その女性のことを俺はまったく知らない。
つまり初対面だ。
ここはそもそも何なのだろう。
アングラ情報屋の一人から紹介された、また別の情報屋の元に来た。
…はずだった。
場所を間違えたのだろうか。
色々な経験から清潔感のある服装に身だしなみも整えてきたのは幸いだった。
いや、それが災いしたのか?
目の前の女性はカクテルドレス。
紹介した先にいる人々は歳も性別も様々だが、みなそれぞれのドレスコードである。
素人目にも彼らが富裕層だとわかる。
この出来事が一つの始まりだった。
指輪の導きだったのかもしれない。
Chapter 03. The Sign of Re-incarnation
「あなた探偵でしょ?」
富裕層の老若男女が集う謎のパーティで初対面のカクテルドレスの女性に腕を組まれている。
一言で説明するとそのような、およそ日常とかけ離れたシチュエーションで隣から呟くように投げ掛けられた言葉がこれだ。
は?探偵?
隣の女性は、俺の動揺をよそにチラッと顔を向けた素振りを肯定の意として捉えたようだ。
驚いてそちらを向いただけだったのだけれど。
この一瞬で一つの結論を出していた。
人間の追い込まれた時の思考とはなかなかに素晴らしい。
そもそもこのパーティが情報屋に紹介された情報収集の場なのではないか。
確かに俺はグリムの一族や伝承、器についての情報を知るための方法を聞いた。
単に教えてくれる人を紹介してくれる気でいたが、そうではなかった。
もっと言えばあの野郎、自分の商売に利用しやがった可能性が高い。
隣のお嬢さんはあの情報屋から今この場で探偵を紹介されることになっていた、とか大方そんなところだろう。
まったく…。
「で?俺は依頼の内容どころか何も聞かされていないんだけど」
パーフェクトじゃないだろうか。
自身の推理が正しければ、これですべて筋が通るしここからどうすべきかもわかる。
「はあ!?何それ!」
周囲の金持ちどもが数人こちらに振り向く。
俺とお嬢さんがぎこちなく笑いながら、ごまかす。
ええ、実際ただの内輪もめですから。
あれ、パーフェクトじゃなかったかも。
「で、あなた名前は?」
「ナス」
「え?」
「だから、ナスだよ」
「茄子?」
「うん」
ぷ。
軽く吹き出した彼女は先ほどまでの「お嬢さん」ではなく、ただの少女のようだった。
張り詰めているんだな、と改めて。
「で、キミは?」
「なんて呼びたい?」
「…」
「なに固まってんのよ」
「いや、意味がわからないな、と思って」
「日本語が苦手なの?」
「むしろ日本語しか使えないけど」
「じゃあ意味がわからないはずないじゃない」
「そうだね。失礼した。じゃあ"お嬢様"、それか、うーん、"姫"とか?」
ぷっ、とまた彼女が笑ってる。
あなた、私の執事にでもなりたいの?
と言われて、確かに…、とも思うけれど。
名前もわからない相手をどう呼びたいか、って他にどんな選択肢があるんだろう。
「真白」
頭に浮かんだ。
確かにこの子、やたら白いし清楚だし、ピッタリかなと思った時にはもう言葉にしていた。
言った自分が一番驚いた、と思ったけれど違ったのかもしれない。
今、白いと感じていた少女が今度は真っ赤になっていた。
「なんでわかったの?」
「え?」
「なんで私の名前、わかったの?」
今度こそ俺の方がびっくりしてたはず。
この反応、つまり「ましろ」という名前が当たっていた、ということだろう。
なんで?
こっちが聞きたい。
ついでに言うと「ナス」は偽名だ。
そういう姓、つまり名字もあるが俺の本名は那須という姓ではない。
じゃあなぜ咄嗟にそう名乗ったかというとここを紹介した情報屋の最後の言葉を思い出したからだ。
「Good luck, eggplant!」
Chapter 04. The Spin of Re-incarnation
親しげに見せる必要がある、という理由で俺と彼女は「真白」「ナスくん」と呼び合うことになった。
およそ初対面とは思えない。
真白が名前を言い当てられて驚いたのは、探偵の派遣を依頼した男、つまり俺にここを紹介した情報屋にも名前を伝えていなかったからだそうだ。
彼女の名前は頭に浮かんだのだからしょうがない。
常に小声で真白と情報共有を図る。
ここまでの振る舞いからわかる通り、彼女は俺を恋人として連れて来ている、ということにしている。
知人・友人を連れてくるには理由としては弱いのだそうだ。
そういうものか。
そして真白もグリムに関する情報を欲していることがわかった。
依頼の内容は情報収集の協力。
これについては利害一致だ。
見たところ、彼女も非常に若く、10代と言っても通用しそうだが20代前半だとなんとなく感じた。
俺よりは少し年下、といったところか。
家柄として裕福なのではなく、真白も情報を得るためにこの場に足を運んでいる。
家が裕福だという体で参加してはいるのだけれど。
まだ今はこのパーティに姿を現していない主催者の老人が、グリムに纏わるものを所持しているらしい。
そしてこのパーティに参加している人間の誰かに「それ」を譲ろうとしているのだとか。
なぜだかはわからない。
その老人の口ぶりでは、結婚のお祝いとして送りたい素振りだったようだ。
確かにそれならば知人・友人では弱い。
ここまでの話には十分納得が行った。
真白がグリムの情報を得たい理由についてはわからなかった。
探偵として協力する以上、その詮索はしてはいけないことのように思えたからだ。
どちらにせよ、この仕事をすることで自分の当初目的も果たせるであろうことを素早くジャッジ。
依頼の通り、真白に協力することにした。
ここに参加している人間はざっと見て10数名。
そのすべてがグリムに纏わるものを狙っているかどうかはわからない。
「皇帝、どうしてあんな大事にしてた貴重なお宝を誰かに譲る気になったんだろうね」
30代と思しき男性の声が耳に入った。
彼はスーツにネクタイまで締めてバッチリドレスコード。
ただ、死語にも近いポマード的な整髪料で、短めの髪を固めているのがやり過ぎ感を醸し出している。
相手の女性も美しい部類に入るのだろうけれど、なぜかちょっと一歩引いてしまう印象を与える。
ドレスの露出は多めで上品とは言えないし、比較的化粧も濃い。
少し釣り目気味の顔の作りもキツめの印象を増幅させているとも思う。
「さあね。でももらえるもんならもらっといて損はないでしょ」
なるほど。
返答も耳に入ってしまったが、彼らも大した情報量ではないのだとわかった。
そしてこんな感じでここにはライバルが殺到しているのであろうことも。
あまり人見知りしているような場合でもないので、真白とあまりべったりくっつかずに一人で歩いてみたりもした。
「ちょっとパーティを楽しんでくるよ」ってな具合で。
立食形式のパーティを楽しんでいるように、傍からは見えるがほとんどのここにいる人間が「皇帝」と呼ばれた主催者を待っている。
話した中には既婚者もいるようだし、相手を今から見つけてこようなんてあからさまにモノを狙っているようなことをしたくない、と考えている人間もいる。
だがやはり興味はあるようだ。
さすがにこの一瞬で両の手の指を超える数の人間の個性を把握したり、敵・味方をジャッジしたりするのは難しい。
みな、一癖あるような人間にも思えた。
しばらくして会場のドアが開く。
皇帝のおでましだ。
Chapter 05. The Resonance of Re-incarnation
キイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィ………………ンンン…………
会場の誰もがその謎の音に驚き、辺りを見回す。
発生源はわからない。
音叉を叩いたような共鳴音が初めは強く、徐々に弱くなりながら響き続ける。
直接脳みそにだけ響いているのかと思うような音だが、パーティ参加者の挙動を見るに物理的に音波が発せられていると見ていい。
「綿貫様、これは一体…」
いつの間にか入口に立っていた老人は、おそらく先ほど“皇帝”と呼ばれていた人物なのだろう。
今時あまり見ない燕尾服に身を包んだ執事のような若い男が皇帝に語りかけている。
どうやら皇帝は綿貫という名のようだ。
綿貫老人はしかし、執事の問いには答えず、会場の中央まで歩いてきた。
漠然と想像していた老人のイメージとはまるで違う、若々しく背筋もしゃんと伸びた紳士である。
「ごきげんよう。些か変わった趣向での登場となってしまった。非礼を詫びよう」
張りのある通る声が響く。
まだ謎の音は残響が尾を引いている。
音自体が止んでいるのかどうかすらよくわからない。
しかし、その音を掻き消すかのように綿貫老人が口を開いた。
実際、その風変わりな挨拶の後、残響音も消えたように感じる。
「皇帝!なんですの!?今の耳障りな音は!」
ヒステリックな女性の声が響く。
貴女の声の方が耳障りだ、と思いながら聞き流す。
ねめつけるような初老の紳士の視線を受け、女性は次の言葉を発するのを諦めた。
「私は今大変興奮している」
会場のみながきょとんとした顔。
綿貫老人がこちらに振り向き、そして見据える。
君だね、と呟き歩み寄ってきた。
「こんなに早く見つかるとは…。
いや、自己紹介もまだだったね、私は綿貫という。
ただの老いぼれだよ。
そんなに構えなくても良い」
いきなりラスボスが自分に迫ってきて、ビビるなと言われても無理な話だ。
しかし幸か不幸か、そういった心情を悟られずに振る舞うことができる特性を持っている。
「はじめまして、綿貫さん。
大変申し訳ないのですが、まったく話が見えない。
ご説明いただけますか?」
Chapter 06. The Monologue of Re-incarnation
ふむ…。
君が指に嵌めている指輪、それとほぼ同じものを私は所持している。
先ほどの音はおそらく君の指輪と私の指輪が共鳴したのだと思う。
私はどちらかというと、この二つの指輪が喜んでいるのだと思っているよ。
ああ、君も皆もどれだけこの指輪のことを知っているのかわからないし、今日はすこぶる機嫌が良い。
一から話そうではないか。
皆、楽にして聞いてくれたまえ。
そもそもこの二つの指輪が何なのか。
先日の会でも少し話をしたけれど、昔グリムという一族がいた。
その一族が創り出す様々な物には不思議な力が宿っていたとか。
私もこの指輪には散々助けられたよ。
今ここに私がいるのもこの指輪のおかげだと言っても過言ではない。
その大事な指輪が私に語りかけてくるようになった。
夢にこの指輪が現れて、彼と会いたい、と言う。
夢の中で私は自由に会話はできないから時間が掛かったが、いくつかわかったことがあってね。
この指輪は元々二つで一つの婚約指輪らしい。
その片割れにこの子がずっと会いたくて会いたくて仕方がないのだと。
私を何度も助けてくれたこの子がそこまで私に訴えるのだ。
もういいだろう、と。
老い先の短い老人が自分の利益だけを考えていてもしょうがない。
この指輪の相方を探してやろう。
私はそう思った。
しかしこの広い世界で一つの指輪を探すのには、私には残りの時間が少な過ぎるのでないか。
だから私の思いを引き継いでくれる酔狂な誰かに指輪を譲ろうと思っていたところだった。
せめてその願いが生きているうちに叶わないのであれば、元々のこの子の存在意義であった婚約指輪として使ってやりたいと思った。
片方しかないがね。
だから、ここにいる連中の誰かが結婚するようなことが次にあれば、事情を説明して指輪を使ってもらおうと思ったのだ。
ようやくそんな決意をして、後継者探しを始めた矢先に君が現れた。
私が探し求めていた指輪を持った君が。
まさか生きている間に、そしてこんなに早く見つかるとは思わなかった。
今は本当に最高の気分だ。
もちろん君にこの指輪は譲ろう。
いや、本当にありがとう。
私の人生最後の願いが叶ったよ。
Chapter 07. The Chain of Re-incarnation
その後、パーティはお開きになった。
半ば呆然とする面々をよそに。
俺は早々に場を辞することにした。
結果的にそこまで望んでいなかった、もう一つの指輪を得た上、俺と真白の共通目的だったグリムの情報も得た。
真白は「またね」という意味深なセリフを残して去っていったが、意図はわからない。
結局なぜグリムについて調べていたのかについてもわからなかった。
む。そうか。
俺がグリムに纏わる品を持っている、と彼女は知った。
しかも二つ。
そして同じ目的を持っていることも。
だから「またね」か…。
今回手に入れた指輪は、元々持っていた指輪より一回り小さかった。
つまり、こちらが女性用なのだろう。
二つの指輪を暫定的に左手の薬指と小指に嵌める。
わかったことがあった。
この指輪たち、人間の心の中がわかる。
少なくとも人間よりは他人の心を見ることができるようだ。
そして、まるで指輪たちは意思を持っているかのごとく情報の断片を俺の頭に流してくることがある。
「真白」という名は、指輪が教えてくれたのだ。
なんとなく頭に思い浮かんだと思ったのだけれど、指輪を二つ嵌めてハッキリした。
これがこの指輪の能力。
グリムの不思議な力についてはもちろんまだまだわからないことも多いし、今病床で戦っている彼女を繋ぎ止めたのはまた違う何かかもしれない。
そもそもグリムの器についても情報は得られていないし、グリムの一族というのがどのような存在なのかだって…。
いや。
焦るな。
元から雲を掴むような話だった。
一縷の望みを掛けているとはいえ、今回の出来事だって結果的には出来過ぎだ。
†
彼女のほっそりした左手首を軽く掴み、その薬指に指輪を。
「あれ?これ、…違うよ?」
彼女が囁くように呟いた。
「うん。ごめん。君のはそっちだった。これは俺の。サイズが違う」
一つしかなかったはずの指輪が、自分と彼の指にそれぞれ収まっているのを見てキョトンとする。
「二つ…、あったの?」
「うん。対になる指輪を見つけてきた。…というか、指輪が勝手に相手を引き寄せた、ってとこかな」
「ふーん。それならしょうがないな。そっちは譲るわ」
「ありがたきしあわせ」