06. 濃淡
"カップはどういう風に選んでいるのですか?"
深く考えずに思ったままをつい聞いてしまった。
初老の紳士はにこやかに答える。
"難しい質問ですね…。そうですね。気分、お客さまの雰囲気、などから決めております。"
なんとなく想像通りの素敵な解答。
"では今日はどんな気分でお選びになられたんですか?"
面白くなったようであるXが、普段だったら絶対聞かないような質問を重ねた。
"お客様は本日で四度目のご来店なので、まずはこれまでにお出ししたカップは候補から外しました。"
ちょっと私の目はまんまるくなったことと思う。
"私が何度かこちらに伺ったのを覚えてくださっていたんですね。嬉しいです。ありがとうございます。"
Xの言葉は、思ってもなかなか素直に口に出せる人は少ないのではないか、と思うものだった。
これが最近のXの不思議な魅力の一つだとも思う。
"もちろんでございます。ご存知かと思いますが、このお店はお客様が少ないので、さほど大変なことではありませんよ。お連れさまは今日が初めてのご来店とお見受けしております。"
"はい。私は初めて来ることができたみたいです。"
Xのカップは、濃紺を基調色にしていて、白で模様が描かれたものだ。
アンティークな感じはするけれど、私にはカップの種類を正確に表現する知識はない。
私のカップはとても可愛らしくて、白い。
模様も色で描かれているわけではなく、凹凸でだけささやかにつけられたタイプである。
"ご主人は、毎日どうやってお店に来ているのですか?"
Xが面白い質問をする。
もちろん私たち客が来たくても来れないことを踏まえている。
"私は実は、ここに住んでいるのです。"
なるほど。
"このお店は客を選ぶのでしょうか?もちろんご主人が、という意味ではなく。"
今度は私が追撃してみる。
"本当にそれは不思議で不思議で。私にもまったくわからないのですが、どうやらそう解釈するのが一番ピッタリ来る状況のようではございます。"
へえ…。
本当に不思議。
"それじゃあ、今日ここにたどり着けた私はとても運がいいですね。"
私は多分とても自然に微笑んだ。
Xにあてられてしまったのかもしれない。
"しがない老人がただ珈琲を淹れるだけの、ささやかな店でございます。"
私はもう少し、このご主人のお話を聞いてみたくなっていた。
珍しいことだ。
他人への関心が人一倍薄い自覚がある。
Xが似たような気持ちだったのか、私の気持ちを察してくれたのかはわからないけれど、さらに声を掛ける。
"今までで一番たくさん来られた方は何回ぐらい来られているんですか?"