05. 意匠
つまり、どういうことなのかというと。
このお店は場所がわからない。
地図で調べても、道を覚えようとしても、来たい時には来れない。
ふとした時にたどり着く。
だから、Xもそんなに何度もここには来ておらず、偶然たどり着いた数回程度とのこと。
なんとなく、そんな不思議なお店の存在は、なるほど、って感覚で受け入れてしまった。
ほかにも世の中の常識で計れないような不思議と、私たちは何度も遭遇しているからかもしれない。
それはそれとして、Xだけでなく私が今ここにいることに何か理由があるのだろうか、という気持ちになった。
Xのような不思議な魅力が、私にも宿り始めたのだったらいいのに。
ただ、ここに来るのに条件が必要とかそういうことではない気もする。
でもなんというか、必要な時にお店が呼び寄せてくれるような、そんなイメージは持った。
漠然と想像した彼とは関係はあるのだろうか。
Xにその想像を話そうかなと思ったのだけれど、口を開こうとして止まってしまった。
Xは何か言おうとしてやめたことに気づいただろう。
すぐに自分でその理由のおおまかなところは想像がついた。
彼との話を独り占めしておきたかった。
または、その話をしてXが"あ、私も"って答えるかもしれないのが少しイヤだった。
意外と自分は女の子なのだな、と可笑しくなってきてしまった。
Xと私はそんなにおしゃべりな方でもなくて、ひっきりなしに話し続けるほど、話すことへのバイタリティはない。
沈黙していることも、おそらく互いに苦にしていない。
話題を思いついた時だけ無理せずにポツポツと話すだけで十分だった。
そういえば雨はまだ降っているのだろうか。
店の入り口を見た時に、傘立てを見るとXが差してきたのもビニール傘であることがわかり、また少し面白くなった。
そんな心地の良い特別な時間をしばらく過ごしているとマスタがやってきて、上品に"おかわりはいかがですか?"と尋ねた。
いつもはこういう時、私は真っ先に発言することはほとんどないのだけれど、新鮮な香りと味わいの飲み物が妙においしく感じていて、"じゃあもう一杯いただこうかな。"と即答してしまった。
それじゃあ私も、とXが続く。
しばらくして、二人分の珈琲をトレイに乗せて運んできた初老の紳士は、私たちの目の前に熱いカップを置く。
先ほどもXと私のカップはデザインの異なったものだった。