058 B19 絡まり繋がり
「凛、おはよう。」
「おはよ、瞬、何か食べる?」
「うん、ありがとう。それじゃあトースト。」
「はあい。じゃあマーガリン塗って焼いとくね。」
「うん。着替えてくるよ。」
日常。
凛がいる。
手が暖かい。
布団が暖かい。
トーストも暖かい。
平穏。
すっかり非日常だったが、それでも一晩の話だったのだ。
今日はいつも通り大学に行こうと思っている。
僕は生きている。
着替えて椅子に掛けると、凛がトーストを運んで来た。
皿を置いた凛の右手を、僕は両手で握った。
凛が動きをピタリと止める。
何も言わなかった。
凛の右手がやんわり握り返される。
あまり深く考えていなかった。
自然とそうした。
そうしたくなった気持ちに逆らわなかった。
凛の顔を軽く見上げると、泣いていた。
僕は凛に心配を掛けてしまった。
以前の自分は、自己が犠牲になるような行動に何の抵抗もなかった。
ずっと死にたいと思っていたし、姉だけが僕がこの世に居続ける理由で、それだけだった。
今回僕は凛が助かればいいと思っていたけれど、僕が傷つくことで凛が傷つくというとても簡単かもしれないことに気がついた。
だから、自分自身も簡単に傷ついてはいけなかったのだ。
凛はそのあと向かいに静かに腰掛けると、姉の梨紗と会って話してきた、という話を始めた。
そうか。
凛も姉も無事だったことで、事件のことをまるで思い返していなかった。
僕と凛が遭遇しなかった、事件の別の側面の話を聞いて、色々見えてきた。
「なんかさ、教団っぽいね。」
「え?」
「今回も教団が絡んでる気がしたよ。」
「あ、もしかして、堤さん…。」
「うん。よくわからない理由から人を殺そうとしただけの共通点からの連想だと思うのと、ほら、元々姉さんたちだって教団のことが釈然としなかったから志田樹を追ったところから始まってたよね。」
「なんなんだろ、結局教団って。」
「なんとなくさ、教団って名前に宗教感を抱いちゃうけど、それって僕たちが勝手にそう呼んでるだけで、大学の事件の時の二人と同じグループに所属してるとかそういう感じでもないし、なんていうかな、何かが繋がってるだけなのかな。」
「うん。梨紗さんもそこは指摘してなかったなあ。瞬がそう感じた、って伝えてもいい?」
「あはは、なんか変な感じだね。凛が姉さんと連絡取ってるなんて。ちょっと前だったら想像もつかなかった。全然構わないよ、伝えちゃっても。」
「うん。ありがと。梨紗さん、ものすごく頭いいよね。」
「姉さんもだいぶ変わってると思うけど、それで言ったらペアもなかなかだし、不思議な集まりだよね。」
「うん。でもなんか私、すごくみんな大事になって来ちゃっててちょっとコワイ。」
「それ僕はもっとかも。もっと一般的な感覚とか生活とか環境から遠いところにいたからさ。ギャップがすごいよ。」
「そっかあ。私といるようになってからの瞬からはあんまり感じないから、普段接しててもわかんないよ。」
「ふふ。凛と姉さんのどっちか一人でもいなかったら今の僕は絶対にいないね。」
「無理してる?」
「ううん。そんなことはないんだけど、ああ、でも大学とか外だと自分を作ってるってのはあるかも。」
「へえ。なんかこの前の大学の事件とか、昔のことみたい。」