01 死にたがっているのか?
緑は豊かだ。
都会の喧騒を離れる、とはまさにこのこと。
出身が街だったので、割とそれだけで新鮮である。
いや、旅行ではないのだ。
ある意味禊。
ここを乗り越えないとオレに次はない。
見渡す限りに広がる自然が満ち溢れた風景、目の前には木製のウッドデッキに同じような作りのデスク、チェア。
それに不思議な女性とサンドイッチ。
ホントにサンドイッチとは。
しかもどうやらお手製のようだ。
このデッキは木造りの建物で営まれる飲食店のもののようだが、彼女は店員に挨拶すると普通に入り込んで持ち込みで食事をしている。
なぜか飲み物だけは注文したようで、オレの分まで冷えて汗をかいたグラスが届けられた。
トロピカルアイスティ、という飲み物らしい。
田舎っぽさがすごいじゃないか。
いいんだ、そんなネーミングで。
店主らしきデカい図体にひげもじゃの親父が飲み物を運んできて言った。
みっちゃん、なんかここんとこ変わったの連れてるねぇ。
あー、はいはい。
たしかに変わってるだろうよ。
しかし、よくよく考えると、いや考えなくても色々と変わってはいるだろ。
ミチ。
この向かいに座ってサンドイッチを食べている女性は控えめに表現しても美人だ。
美人というか可愛らしいというか、歳上なのか歳下なのかもわからない。
妙に大人びているし、少女のようでもある。
基本的にはとてもきれいな発音で言葉遣いなのだが、突然驚くほど口が悪い。
なんというか、こうバランスが悪いというか、光と闇が同居しているような、相反する何かを同時に感じる。
おとなしそうなルックス、長く伸びた髪、清楚な服装、洗練された仕草、立ち居振る舞い。
まったく謎の女性である。
オレだって、まあこんな平和な場所にはまったく相応しくない、黒い上下の服にシルバーアクセサリまみれ、いわゆるトライバル系を好んで身につけているため、かなり浮いた存在になっているだろう。
加えて肩まで伸びた銀髪も、豊かな緑の風景にはまったく溶け込まないだろう。
オレは生まれてこのかた、大した苦労をしてこなかった。
ルックスから学力、あらゆるセンスが適度に備わっていたようで、なんでも簡単に平均点以上が取れるのだ。
5段階評価で言えば4、100点満点で言えば80点辺り。
しかし、それらをさらに高める努力は必要と感じなかったので、してこなかった。
その生き方や、積み重ねた自信をすべて崩壊させるような出来事が起きた。
たくさん身につけたアクセサリの中でもお気に入りのブレスレットがある。
今も左手首に嵌めているが、少し変わっている。
ブレスレットに小さな突起がついていて、そこに穴が空いている。
そこから鎖が伸びているのだけれど、突起側にも鎖側にも接合の跡がない。
作られた時からこういう風に設計されていたのだと思う。
その鎖の先に指輪がついていて、指輪もブレスレット同様初期設計から鎖に繋がれているのだと思われる。
その指輪は、今左手の中指につけている。
このブレスレットと指輪、どこでどう入手したのかわからない。
気が付いたら大量に持っていたアクセサリの中に混ざってあった。
あの事件以降で、こいつの出どころを探った。
信憑性があるのかないのか判断がつかない様々な情報が得られたが、その内の一つが今訪れているこの土地の奇妙な金持ち一族と、その蒐集物に関するもの。
いわゆるコレクションだ。
そこに一縷の望みをかけてここまで来た。
ここには、この鎖がなんなのかを知るための手掛かりがあるかもしれないと思ったのだ。
「だってアンタ、ずっと死にたがってるじゃない。」
え?
何の脈絡もなくミチが言った。
オレは意味がわからず、とりあえずバスケットに入ったサンドイッチを一つ掴んで、かぶりついた。