幸福キャンパス 050
まず目の前の泉田が徐々に見えなくなる。
それほど視線を自由に移す余裕がなくても、全室の状況の多くを把握した。
なるほど。
もう一つ大きな事実を理解した。
ユキが、来ないで、来ないで、と呟く。
部屋に突入した直後はわからなかったが、その口調と少し変化のある表情を見て感じた。
ユキは怯えている。
狂人と化してマリオを刺すようなことはなさそうだが、むしろ恐怖からそのような行動を選択をする方があり得そうだ。
刺激しないようにしている泉田の対処は現段階では正しいと思う。
しかし、この状況は持久戦・長期戦になるような条件ではない。
短期決戦だ。
ユキの観点から、どうするのが現時点の最善か。
それは、サオリを逃がすことだ。
僕が見た大きな事実とは、部屋の奥にサオリが隠れていること。
ユキは狂っていない。
警察である泉田が入ってきてしまった時点で二人ともこの場から逃げ切ることはできないと判断した。
そして、サオリを逃がすことにしたのだと思う。
ここは二階である。
奥の部屋のベランダから逃げることができなくはないはずだ。
現に透視して見えたサオリは音を立てないように、ゆっくりと窓側へと移動している。
一旦透視を解除した。
最悪、ユキは全員殺す。
マリオも泉田も僕たちも。
そうして罪を自分が被って、サオリは解放するつもりだ。
今逃げれば、僕たちは助かるかもしれないが、逆にそのせいでマリオは殺される可能性が高い。
どう動くのが最善か。
悩んでいるうちにサオリは逃げてしまうが、それは構わない。
なぜなら僕が知っているから。
今ここにサオリもいることを。
ここはユキの演技に乗って、サオリが逃げてから、マリオも殺されず泉田がユキを捕える流れをサポートするのがベストではないだろうか。
しかし、泉田はジリジリとユキに近づく。
ユキがナイフをマリオの首に少し食い込ませた。
「いいの?この人死んでも。」