幸福キャンパス 049
ユキがマリオの首にナイフを押し当てている。
近寄ったら殺す、という意思表示だと判断できる。
元々マリオに話を聞きに来たはずの泉田だが、では泉田が来なかったら?
ユキにとって泉田や、もちろん僕たちの訪問は想定外だったはずだ。
先ほどまでの推理から考えるに、マリオを犯人に仕立て上げる工作をしに来ていたと見る線が一番可能性として高いだろう。
つまり、ケンイチを自殺に追い込み、カズマを殺したのが、やはりマリオではないことの証拠と考えられる。
となると、ユキは真犯人なのだろうか。
そうだと思う。
次に見落とすべきでないのは、果たしてすべての黒幕がユキなのか、という視点だ。
もちろん一連の事件の動機を、今この場で解明することはできないだろうから、それをここで特定しようとすることは時間の無駄だ。
クスリが絡む事件だから、女性が男性を手にかけることもできただろう。
戌亥たちの情報も加味すると、ユキがクスリを入手する立ち位置だったとすると辻褄は合うか。
いや、一点気になる。
戌亥の話ではだいぶ以前からH大のクスリ取引の噂があったという。
取引が活性化したのは最近だ。
それはもしかするとクスリの入手ルートであったユキの入学に伴ったのだとしよう。
ばら撒く側のカズマと同じサークルにわざわざ入るものだろうか。
あまりにもリスキーではないか。
それとも取引をしやすくするために打っていた芝居だったということだろうか。
ユキとサオリが初めてHCLに連れて来られた時のことは覚えている。
あの時点で既に少なくともユキとカズマは取引仲間であったということになる。
または、あれをきっかけにして取引仲間だったことがわかったのか?
ユキは元々クスリに携わっていたわけではなくて、例えば代替わりで前任者から取引の役割を受け継いだ可能性もあるか?
マリオやケンイチ、またはサオリがこの取引に関わっていたとすると、さらに話は複雑だし様々な可能性が浮上してしまう。
この推測を深掘りするのはやめよう。
引っかかる点ではあったが、少なくともユキが黒幕、または黒幕の一人であったことを否定する材料にはならない。
ケンイチはおそらくこのクスリに関する取引や何らかに関わってしまったことに起因して、この世から去ることを選択してしまった。
カズマは口止めをされたとでも考えれば、やはり辻褄は合ってしまいそうだ。
ではマリオは?
同じく口止めとも考えられる。
あれだけケンイチを心配した理由が、何か知っていたからだとするとしっくり来てしまう。
しかし、クスリに関して何も知らなかった可能性もゼロではない。
いずれにせよ、偽の真犯人に仕立て上げるには絶好の人材であったことは確かだ。
その目論見は泉田と僕らの訪問で崩壊した。
この大枠の推理が正しかったとして、ユキはマリオにすべての罪を着せることに失敗したのだ。
どう動くか。
自暴自棄の方向であれば、マリオも泉田も僕たちも全員どうでもいいかもしれない。
既に一人殺めてしまっている前段もある。
説得が成功する可能性は低いと直感した。
一応一連の思考を元にした結論だから直感ではないのだけれど。
そして、ユキがこの場で自害するイメージが沸く。
あり得る。
十分あり得ると思う。
マリオが殺され、ユキも死ぬ。
それはソウが見た最悪の結末だろうか。
泉田や僕らも巻き込まれれば死者多数にもなり得る。
それが最悪か。
少なくとも僕にとっての最悪はリンを失うことだ。
リンは絶対に飛び込ませない。
ここまでの思考はおそらく、部屋に飛び込んで泉田の怒声を聞いてから長くて数秒。
客観的に見て、リンがマリオを救うために飛び込むことはないだろうと思いながら無意識に右手を水平に伸ばして後ろにいるはずの女性二人を制する動きを取った。
しかし、ふと頭をよぎったのはミアがテレポートできること。
それも僕の制止で抑制できたのではないかと思う。
理由はわからないが、僕はここでもう一度透視を開始した。