Grim Saga Project

幸福キャンパス 036

 
 
 
さて、物心ついた僕はたびたび心の中で会話をしていました。
それが当たり前でみんなそうだと思っていたのです。
でもそうではなかった。
気がつくまでにだいぶ時間がかかりました。

手術中になんらかのはずみでペンダントトップであるグリムの器が僕の心臓に混入するようなことがあったのか、または特別な力が働いたのか、今となってはわかりません。
ですが、僕の心の中で声を発しているのはこの器なのだと気付きました。
周囲の人間に心の中での会話について聞いてみても、あまりに共感が得られない。
僕が、みんなそうだと思っていた普通は、実際は普通ではなかった。

グリムの器は会いたいのだと長年僕に訴え続けてきました。
誰に会いたいのか判然としないから、会わせてあげることもできない。
自分の常識を疑い、自分の特殊性に気付いた後、次はグリムの器についての情報を集めました。
祖父とはこのことについてたくさん会話をしました。

グリムの器は持ち主を選ぶ。
マスタと表現されることもあるそうです。
僕もここではその呼称を踏襲して、器の選んだ持ち主をマスタと呼ぶことにします。
長年時間を掛けて、僕の体内にある器が会いたがっている対象はマスタなのではないかと考えました。

これらの情報を集める中で、最初の頃、僕の体内の器のマスタは当然僕だと考えます。
ですが、どうもおかしい。
器に選ばれている場合、何かしらの不思議な能力を授かるらしいのです。
特にそれは記憶に関するものが多いと聞く。
しかし、記憶どころか僕は一般人そのものです。
特別な能力など何一つ使えない。
僕が他者と違うのは、心の中で会話をすることだけなのです。

そういった様々な情報や事象から、僕は一つの結論を導きました。
僕の体内の器は僕ではない誰かをマスタに持つ器なのではないかと。
そしてそのマスタを探している。
いかに特殊な力を持つグリムの器といえど、おそらくマスタの元に勝手に飛んで行くことはできないのです。

僕はマスタを探しながら、ここまで生きてきました。
知り得たグリムの器の情報から、能力を有しているけれど、器そのものを持っていない人を探す、という方法を思いつきましたが、そもそもグリムの器自体が想像以上に希少なもので、誰もそんなもの知らない。
器との会話だけを頼りに少しずつマスタに近づくしかなかった。
そうそう、いくつかその会話からわかったことがあります。

一つはやはりマスタが他にいるのだということ。
これは器がそう話していました。
話すと言っても、器との会話は僕の場合、夜眠っている時に夢の中で行うものなので、僕自身も自由にうまく聞きたいことが聞けません。
起きてから忘れてしまうことも多いですし。
この辺りも真のマスタではないからなのかもしれません。

もう一つ、この器は僕の体内に宿る直前にマスタを選定しました。
これもとても曖昧なのですが、夢の中で一度だけこの器が僕に宿る時の記憶を見せてくれたのではないかと思う内容があった。
僕の心臓の手術に向かう父の首にぶら下がっていた器は焦っていました。
手術はこのままだと失敗する未来が見えていたからです。
祖父や父の願いが手術の成功、つまり僕が生き残ることであることを察知していた器は、手術を成功させたかった。
そのためには、僕の心臓に宿る必要があると考えている記憶のようなものでした。
そしてそのためには、誰かマスタを選定して器自身の力を引き上げる必要がある、というようなものです。

そしてその結果、器が選んだのは父でもなく、病院のスタッフの誰でもなく、当時志田病院に入院していた生まれたばかりの赤ん坊だった。
もうおわかりでしょうか。
そういった色々な情報を集約して僕はここにたどり着いたのです。
生まれたのは志田病院ですよね?
シュン先輩。