幸福キャンパス 035
まず一つの核心から。
僕の体内にはグリムの器があります。
グリムの器というのが、みんながさっきから言ってる器という言葉の正式名称。
ここです、心臓。
少し周辺環境から話さないといけないので、それこそ無関係の話もあるかもしれません。
邪魔になる内容がもしあれば言ってください。
僕が説明するのに、必要と思う情報とグリムの器に関する話だけになるべくまとめますけど。
マシロさんはご存知だと思いますが、我が家は祖父が一代で巨額の富を築いていて、割と裕福です。
祖父は医者でした。
過去形です。
今はもう引退しています。
心臓を中心とした内臓系の手術で、祖父には才能があったらしく、若くして名医と呼ばれたそうです。
だから、祖父・志田樹林はそこそこ名が知れています。
マシロさん以外にもご存知の方もいるかもしれません。
医者としての地位を確立した祖父は、どんどん勤める病院のグレードを上げていき、かなり大きな病院の院長まで任されるようになりました。
医師会の理事にまでなったそうです。
理事長候補にも名が挙がったと聞いていますが、祖父はそもそも肩書きや名誉に興味があまりなく、人を救うことが生き甲斐だった。
今でも祖父は僕の誇りです。
ある程度権限を持った上に、息子つまり僕の父もその才を受け継ぎ、医者として名を馳せたそうです。
今も祖父が設立した志田病院は父が院長をしています。
しかし、おそらく父には祖父ほどの才能はなかったんでしょう。
僕は父のひがみのような、羨望のような話をたくさん聞いて育ちました。
おじいちゃんっ子だった僕は父よりも祖父を尊敬してしまっているというのもあるかもしれません。
しかし運命とは皮肉なもので、祖父の孫でもあり、父の息子である、つまり僕は大病を患ってこの世に生を受けました。
心臓の先天的欠陥だそうです。
生まれてすぐに大きな手術をしないと、命に関わる。
相当に難しい手術だったらしく、当時、今から18年前ですね、本来は禁止のはずの家族である父による執刀、オペが行われました。
ほかの医者は成功率の低さから、手術を担当することを拒絶されたと聞きます。
既に引退していた祖父はその話を聞き、手術が成功するようにと、父にプレゼントを贈ったそうです。
祖父が父に贈ったのはペンダントでした。
そのペンダントトップについていた宝石がグリムの器です。
祖父は願いを叶える力のある宝という認識で、手術に臨む父にそのペンダントを贈った。
父は素直にそれを聞き入れて、ペンダントを身につけてオペを行いました。
もちろん、僕が赤ん坊だった頃の話なので人から聞いた話です。
ですが、時間をかけて多数の方からの話を集約しているので、少なくとも大筋では間違っていないでしょう。
手術は半日以上に及んだそうですが、無事成功しました。
だからこそ今ここに僕がいるわけです。
ですが、父のペンダントからはいつのまにかペンダントトップがなくなっていました。