Grim Saga Project

幸福キャンパス 025

 
 
 




志田家か…、とつい呟いてしまった。
紆余曲折あって、私は今なお器を追い求め続けている。
姉に、そして彼女に、近づく、いや、相応しい。
そんな私になるためには必要なもの。
以前から比べると、少し必死感は減少したかもしれないが、代わりにとても落ち着いた気持ちで前を向いて進んでいる実感はある。

東京郊外の一画にある豪邸。
この一帯で知らぬ者はいないほどの盟主が志田樹林という老人で、一代で財を成したのだという。
ジュリンと読むが男性だそうだ。
その志田老人が持つコレクションの一つに、私が探し求める器があるらしい。

盗んだり奪ったりするのは性分ではないということがイヤというほどわかっている。
過去にそうして掠め取ろうと画策しながら、何度も言い訳して取り逃がしてきたからだ。
だから小細工はやめて、正面突破。
今回はまず、普通に志田老人を訪ねて話を聞いてみることにした。

いきなり豪邸に来た。
あえてアポイントメントを取ったり、事前に連絡したりということをせずに、まず会いに行ってみようというのが今回の作戦だ。
小細工はしないが、考えなしでもない。
志田老人は70歳前後の妙齢である。
一代で財を築くほどの辣腕が、ストレートに会いに来た人間を拒絶するまい、と踏んでいたのだ。
むしろその方が勢いも後押しして好印象なのではないだろうかという目論見もある。

郊外とはいえ東京のはずだが、信じられないほどの邸宅である。
開いた門から玄関までゆうに100メートルはあるだろう。
あまりにもすんなり招き入れられた。
用件も言っていない。
名乗っただけだ。

門ほどではないが、やはり立派な玄関には呼び鈴はなかった。
門からはインターホン越しに中年女性の声で応対がなされたが、この玄関は完全にアナログのようだ。
初めて取っ手を持って揺らし、土台にぶつけることでノックするタイプの扉を見て、触れた。
慣れない感覚に戸惑いながら、ノックしてしばらく待つと、中から小柄な女性が出てきた。

いらっしゃいませ、の声で先ほどのインターホンの女性だとわかる。
にこにことして愛嬌がある。
歳は40前後ぐらいか。
エプロンをつけたラフな格好だが、給仕という単語が頭をよぎる。
そういえばロクに何も調べても来ていないが、旦那様が中でお待ちでございます、というセリフからすると志田老人の若妻ということではなさそうだ。

ゆっくりと歩く女性のあとに続き、私もゆっくりと歩を進める。
日頃とは異なる速度の歩みは、まるで別世界に誘うような感覚をもたらす。
しかしあながちそれは間違いでもないのかもしれない、と言葉に出さずに考えていた。