幸福キャンパス 001
居心地のあまり良くない椅子に座って、物思いに耽る。
H大学のサークル活動中、と言えばそれらしく聞こえるが、今のこの時間を無駄にしていないかどうかを自問自答しているだけだ。
夕方に近い午後の時間、講義のない教室の一席に僕はいる。
近くには誰もいない。
一人は慣れているし、それ自体は好きだったが、この後、あまり嬉しくない客が来る。
客といっても大学の先輩たちである。
最大限に絞り出した敬意を込めて先輩と称してみるも、その実まったく尊敬はしていない。
だが、残念なことにその先輩方と過ごす時間を最近少し割いている。
理由はもちろんあるけれど、その話はあとだ。
噂をすればなんとやら。
先輩方が女性を二人引き連れて、僕の静かな時間を奪いにやってきた。
「ほら、あれあれ、噂の美男子、シュンくんが在籍してるんだから間違いないでしょ。」
「うわ、本当だ。先輩、疑ってすみませんでした!なんですか、あれ、女の子みたいにキレイ。」
「ホントだよね、男の俺らでさえシュンの美貌には時折見惚れるぐらいだよ。話してみる?」
「え?いいんですか?私たち、今初めてお会いしたのに…。」
「誰だって、最初は初めてでしょ。問題ないよ、ね?」
先輩方、と呼んでいるのは三人。
中でもリーダー格のマリオだけが僕のことを馴れ馴れしく最初から下の名前で呼び捨てにしてきた。
不愉快だが口にはしない。
今やなぜかみんながお互いを下の名前で呼び合うのだが、そういう文化なのだろうか。
まったく見ず知らずの女の子たちと話すのなんて、楽しくもなんともないけれど、ここは甘んじて受け容れる。
ぎこちなくないように微笑むことが、ここのところの経験というか訓練の成果で、多分できているはずだ。
きゃっ、という黄色い声が耳を軽く劈くけれど、それにもようやく耐性ができてきた。
「あ、あの、シュン先輩もこのサークルの一員なんですよね?」
「ああ、うん、一応そうだね。」
「じゃあ私たちがサークルに入ったら、毎日何かしら一緒に活動するってことで合ってます?」
「いやあ、僕はそんなに優秀な部員じゃないから毎日ではないと思うよ。」
「え、あ、そうなんですね。失礼しました!」
思っていたより、僕の中性的なルックスが女性には好感らしく、それもそういうものなのだろうと受け容れることにしている。
僕が認めようと認めまいと、他者の評価に変わりはないからだ。
そして、僕は見ず知らずの後輩女子たちに何一つ失礼を受けた覚えはない。
だがもちろんそれも口にはしなかった。
リンにもこの活動のことは話しているし、理解も得ているけれど、実際に見たらさぞかし不愉快だろう。
姉さんが見たらどう思うだろうか。
彼らが来る前の思考に逆戻りしたようだ。
こんなことをしているぐらいなら、リンともっと一緒にいた方がいいのではないか、という、つまり時間を無駄にしていないかに帰結する思考のことだ。
「いや、全然平気だよ。」
「今日はこれから何か活動されるんですか?」
「あ、どうなんだろうね。先輩たち次第じゃない?」
「シュンは今日は付き合ってくれるのかな?」
「今日の勧誘活動が終わりだってことなら、少しは時間取れますけど、…でもカラオケは勘弁してくださいね。」