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「ドラゴン、さん。わ、私が持っているこの剣。宝剣。多分、グリムの器だと思う。根拠は、私はこの剣とお話ができるから。これを、もし手に入れたら、何をするの?」
「ピネ…。」
「ほう。面白い。やはりそれは器だったのか。ちょっと触れさせてもらうことは可能かい?」
「ええ。か、構わない。」
「これがグリムの器…。くく。しかし、…触れてみても特段変わった点はない、か。すでに持ち主が定まっているからだろうか。」
「ドラゴン?」
「いや、大丈夫だ。俺を試したかい?まあ、問答していってもいいが、ここまで来て隠すこともない。まずはピネ、これはもちろん返すよ。純粋に触れてみたかったんだ。実は会社として獲得に乗り出してはいるし、ビジネスへの活用はどんな常識外の能力があるものなのか次第だと思っていたんだが、簡単に言うとただ欲しかったんだよ。実業家としてそれほど壮絶な体験もせず、地位も金もやるべきことをやれば大概の欲しいものは手に入ることがわかってきた。渇望していたんだ。この飽き飽きな世界に。つまらない世の中に。そんな当たり前から、グリムの器は俺を解き放ってくれると思った。それだけだ。」
「なるほど。具体目的はなしか。こちらも結論を急ぐよ。ピネは今のところ、いくら積まれたところで宝剣を手放したいとは思わない。思っていないようだ。その場合、ドラゴンや企業はどうする?」
「うん。いいね。例えば奪うつもりだと思っていてもここで奪うつもりだとは言わないだろうけど、質問自体はとてもいい。無理矢理奪ってもダメなんじゃないかと思っているんだ。おそらくだが。」
「ドラゴンの目的が単なる売買であれば、強奪の確度は格段に増しただろうね。そうしたら僕たちは出方を考えなければいけなくなった。だけど、そうではなかった。常識では図れないグリムの器の力に惹かれているんだろう?だったら、まずはその力を引き出せないと意味がないよね?」
「その通りだ。君たちを当社の部下にしたいぐらいだな。」
「冗談を言ってる場合か。さっき持ち主がどうとか言っていたけれど、それはグリムの器の特性を踏まえてのことだった?」
「ああ、もちろんだ。散々調べたからね。呼び方が統一されているわけではなさそうだけど、マスタという表現もあったかな。グリムの器は無作為に能力を使えるわけではなく、自らが選んだマスタと共にあって初めて活用できる。合っているかい?」
「うん。私たちが知っている情報と合致する。これも曖昧ではあるけど、グリムの器は生きている、という話もあるよ。だからマスタに選んだ人間と、器は会話をするそうだ。ピネが宝剣と会話していることを聞いて、器だと確信したんだよね?」
「ああ、そうだ。そこまでわかっていて、さっきはなぜ確証がない、と言ったんだい?」
「私がその会話を体験したわけじゃないからだよ。ピネが嘘をついている、とまで言いたいわけじゃない。可能性は色々あるだろう?なんなら私は例の二作を世に出す時、似たような体験をしたからこうなっているんだ。」
「そうだね。カナメは元マスタと言ったところか。」
「私は器と会話はしていたけれど、マスタではなかったんだと思っているよ。特になんらかの能力が付与されたわけでも、利用できたわけでもない。気付かなかっただけ、という可能性もあるけど些末だから置いておこう。ルールとは少し異なるけれどね。おそらくあの器は私にあの作品を書かせるために来たんだ。多少強い言い方をすると、利用された、が近いんじゃないかなって。」
「なるほど。その話が事実なら、マスタにならなくても会話はできるかもしれない、という光明だね。」
「やって、…みます、か?」
「ピネ。君はだいぶ成長したね。」
「どうやるんだい?」
ピネは肩に掛けていた竹刀入れの袋から宝剣を取り出し、いつものルーティンで静かに引き抜いた。