10-38. Find or Fire
セントメディテという名の企業を立ち上げて、そこそこ時間が経った。
広告代理店という名目である。
事業会社とも銘打っているが、肝心の事業自体の詳細に言及していない。
つまり、何をしているのかよくわからない会社である。
それでいい。
生業などわからないに越したことはない。
手の内ははじめから明かさない方が優位だからだ。
業務においてはいわゆる取引を行うわけだが、あらゆるモノを取り扱う中で、グリムの器の話が何度か上がる。
様々な異名を持っていて、厨二病のようなその噂を聞くたびに心が躍った。
もちろん平静を装う。
見初めた人間を呪い殺す暗鬼だとか、人の心を食って育つ魔物だとか、その手の噂は探せば探すだけ出てくる。
そのどれも信憑性の点で怪しく、初めのうちは噂話程度でも浮ついていたのが、だんだんと食傷気味になり、やがてホンモノを欲する。
火のないところに煙は立たず。
なんらかこういった話の出どころとなるような現実があるはずではないか。
ありがたいことに宝を追うことができる程度の余裕はある。
そう思っていた矢先のことだった。
事業の中心にしていたコンスタントかつ大口の取引が失敗して、大きな損失を出した。
しかもこれが単発では済まず、セントメディテが傾くほどの継続的な大ダメージとなることが確定した。
商才がなくはなかったらしく、セントメディテ以外でもいくつもの肩書きを持ち仕事を回している。
セントメディテのバジェットもストックはあったが、直感的にこれはダメだと思う。
社員たちの素養、振舞い、意識、様々な可能性から再起が不能なほどには取引への依存度が高すぎたと判断、クローズすることにする。
しかし、代表である自分の責も決して小さくはない。
一つの取引に固執していたことがわかっていたなら、それではいけないことをわからせる教育を施す必要もあっただろう。
会社をたたむことは、様々な人間の生活に影響を及ぼすことでもある。
どうでもいいな、と思った反面、そんな色々な理屈をくっつけて、彼らが生き残る術も提供しなければ、と思う。
せっかくだから、この状況をもっと面白いことに生かせないか、という話だ。
必死になった人間たちの底力を見せてもらおうと思う。
「さて、セントメディテはこのままだと潰さなければいけない。わかりますね?あの取引の復活は諦めて生き残る道を切り拓かなければいけない時なのです。そこで、新たな仕事が利益を生むための商材の情報をみなさんに提供しましょう。その商材はこういう稼業についている者なら一度は聞いたことがあるアレです。単なる噂だと捉えているかもしれないけれど、実在すると思うんですよ。手に入れられない間は、二ヶ月に一人ずつ勧告の上で諭旨退職してもらおうと思う。」