05-15. Hamburger steak
ハンバーグアンドステーキハウス、と店内に記載があった。
店の名前が見つけられなかったが、だいぶ緊張していたからきっと見落としたのだろう。
特にあとから考えれば店名なんて、店外の一番目立つところに記載があるはずなのだ。
書いていないというよりは、よほど私が見ていなかった可能性の方が現実味がある。
食には普段からあまり執着がなく、むしろ空腹が凌げれば何でも良いような生活を長年してきた私には衝撃の食事であった。
まったく不慣れであった私が大体どんなものを好みそうか、どれぐらい食べられそうかをセツナが会話から考えて注文してくれた。
結果出て来たのは、この店の定番だというハンバーグだったのだが、コンビニの食事では味わったことがない旨みのようなものを感じたし、それどころかこれまでの食事の中ですら、迷わず一番だと思うほどにはおいしかった。
食事の意義を見直さなければならない。
「ホントに外食しないんですね、カナメさん…。」
「あ、うん、いや、がっついてしまって恥ずかしい限りなんだけど、食事をしていてこんなにおいしいと思ったのが初めてでつい夢中になってしまう。」
「普段の食事はコンビニでも良いとは思いますけど、たまにはおいしいものを食べると元気出ますよ。」
「本当だね。本当に驚いた。ありがとう。今日はなんて運がいいんだろう。」
「大袈裟だなあ…。」
「いや、そんなことはない。今日この幸運がなかったら、私はこの後何年も、下手をしたら何十年も、食事がこういうものだと気付かなかったかもしれない。」
「たしかにそうですね。意外だなぁ。おいしいものとかたくさん知ってそうなのに。」
「そうかな?どうしてそう思う?」
「うーん、ホントだ、どうしてだろう。まずおキレイだからかなぁ。あとは偏見と先入観が多大にあるけど、女性は男性よりは食を大事にしている傾向が強いイメージがあるから。それに、職業柄幅広い知識をお持ちの印象を持ったんだろうな、僕が勝手に。」
「な、なな、君はおそろしいな…。今さらっとおキレイとか言わなかったかい?このハンバーグの味の次ぐらいには驚いたぞ…。なんなんだ、今日は一体。驚き過ぎて身が持たないよ。」
「あ、すみません。」
「いや、謝らないでくれ。私が多分そういうコミュニケーションへの免疫が低いだけなんだ、驚いてすまない。褒めてくれてありがとう。」
「どういたしまして。免疫かあ、それも意外です。言われ慣れてるかと思った。」
「いや、私は小説の中でしか恋愛に触れたことがないような人生だよ。人を好きになる感情すらこんな歳になってもわからないまま生きてる。」
「素直なんですね。一般的には、もしそうだったとしてもそんなさらっと言わないと思う。」
「それは恥ずかしいことだから?」
「いえ、人それぞれだから、それが恥ずかしいこととは思わないけれど、やっぱり見栄を張ったり、虚勢を張ったり、色んな言い訳をして生きているものだと思うんですよね、人間って。」
「ああ、その感覚には同意だな。私の物語の中でもそういう風に振る舞うのが一般側だ。どうやら私は間違っていなかったようだね。」
「はは。カナメさん、不思議だなあ。なんでも知ってそうなのに、意外と知らないことがたくさんありそうだ。」
「うん。多分知らないことだらけだよ。とても視野の狭い生き方をしている自覚がある。ああ、だからこそ他者と会話する刺激が必要だと思って例の会には参加しているんだ。」
「ああ、なるほど。」