Grim Saga Project

00. Prologue

 
 
 
 昨年出稿した小説「次代の先駆」がヒットした。
 出版直後は売れなかったのだが、物語に記載した"この先の時代にヒットする商品"などの流行が一つ、また一つと現実のものとなったことで話題になり売れ始めたのだ。
 舞乃葉要というペンネームがそこから一躍有名になったが、私は色々と賞をいただいたにも関わらず、それらの授賞式や各種インタビューをすべて断った。
 担当編集者は私という人間を、多少なりとも知っているだろうから、そういう人前に立つような目立つことが好きでないことはわかっていたようだ。
 特に苦労することもなく、それらの依頼をすべて断る対応を快諾してくれたのはありがたかった。
 
 しかし、面倒なことが起き始める。
 「次代の先駆」の裏版とも言うべき、それらの商品が売れることになった背景にある人間模様などの物語を綴った作品「センチメンタル・フューチャ」を別の出版社・作家名で出していたのだ。
 
 人間とはすごいもので、「次代の先駆」に書いた具体的な商品名などは伏せていたのに、「センチメンタル・フューチャ」が次代の先駆の裏話に当たるのではないか、と気付いた人々が騒ぎ始めたらしい。
 
 こちらは愛鐘舞穂という名で書いた。
 
 
 そうすると、舞乃葉要と愛鐘舞穂の夫婦説や同一人物説が出てくる。
 実際、私が舞乃葉要であり、愛鐘舞穂なのだから、その同一人物説というか推察は正しいことになる。
 「次代の先駆」と「センチメンタル・フューチャ」が、実はセットで読むべき作品だなどと噂され始めて、事実一つの物語の表と裏のようなイメージで書いていたものだから、ちゃんと読む人間というのがいるのだな、と妙に感心した。
 
 刊行された文庫本の著者近影には、ロクなことは書いていないが、なんとなく舞乃葉要では男性的に、愛鐘舞穂では女性っぽいメッセージにしていて、ちょっとした遊び心のようなもので深い意味はなかった。
 ちょっと困ったことになってきたのは、要でも舞穂でもなく、小説家という仕事をしているこの私自身に興味を持つ人間が現れ始めたらしいこと。
 この時ばかりは、要と舞穂のペンネームを決める時にもう少し捻って本名が連想できないようにしておけば良かったと多少後悔したが後の祭りと言える。