099 Epilogue of MM - 光井美愛の終幕
美愛という名がキライだった。
だって「美しい愛」なんて、ちょっと重くない?
美しくなかったら、愛のない人間に育ったら、絶対名前負けするじゃん。
でもおじいちゃんが昔から、美愛、お前は特別な子だ、だから自信を持ちなさい、って言ってた。
どうして特別なんだろう。
かわいい孫だから、って意味じゃなさそうだ、ってことが最近わかってきた。
肌身離さず身に着けている”宝剣”と呼ばれる小さな装飾短剣がある。
キレイだから結構好きなんだけど、特別だからって持たされたものだ。
絶対になくしてはいけないんだって。
だから誰にも見せたことがない。
プールの授業の時も、お風呂に入る時も、寝る時も、ずっと肌身離さず持っている。
袋に入れてるから水着になったって誰にもバレない。
持病の発作が起きた時のための薬が入っていて、密封容器だから濡れても大丈夫で、なんて言い訳を考えてそれを突き通してきたから、大体どこで何をするにしても身に着けていることができた。
瞬間移動ができると気付いた時、直感的にこの宝剣の力だ、って思った。
確かめる方法はない。
いや、あったとしても、確かめるためでも一瞬でも手放したくはなかっただけだ。
おじいちゃんの言葉を信じていただけでなく、いつの間にかもう身体の一部のように感じていたから、自分の気持ちが一瞬たりとも手放したくないというだけのこと。
確かめたからって、結果がどうだったからって、結局は何も変わらないわけだし。
とにかく、美しい愛という名にレールを引かれるような感覚に馴染めなくて、あえて女の子らしくすることを自ら遠ざけてきた自覚はある。
だから髪はショートだし、服装もラフだ。
しかし、今回の出来事で本当に今のままで良いのかを自問するに至った。
†
いつもの凛ちゃんはどこかに行ってしまった。
憧れで、かわいくて、前向きで、いつもお手本だった年下の友人。
ユメカゴで出会った貴重な仲間。
今は抜け殻のようだ。
話しかけてもぼんやりと頷くだけ。
凛ちゃんが怒って炎の制御が利かなくなったのは自分のせいだという思いがあった。
倉庫もあの狂人も燃やしてしまった。
あんなに怒った凛ちゃんを初めて見た。
自分がもっとちゃんとしていれば、凛ちゃんがこんなに傷つくことはなかった。
幸い自分自身のケガは大したことがなく、事件の翌日にはもうピンピンしている。
凛ちゃんは私の家に連れ帰って、何もせずに過ごして一週間ほど。
突然行かなきゃ、って言って出て行った。
大丈夫だろうか。
大丈夫だろう、と信じる。
虚ろだった凛ちゃんの顔色に少し血色が戻っていた気がしたから。
†
今回の色々な出来事の中で、瞬間移動の能力というのは実は凄まじく強力なものなのではないかと気付いた。
今までは遅刻しそうな時の切り札、とかそんな程度にしか考えていなかったけど、きっとそういうことではない。
少なくともこの能力で二度、瞬の命に関わる危機から助けることができた。
瞬が透視している時に突然殴りかかられて、別の部屋にワープしたこと。
狂人が木刀を振り下ろす直前に、背後に瞬間移動してぶん殴ったこと。
もう一つ、色々試さないとわからないけど、他人と共に瞬間移動できるとわかったことも大きな収穫だったと言える。
人を助けることも、人を倒すことも、他にももっと色々できる。
壁が一枚あるだけで、自分の価値は何倍にもなるではないか。
例えば首から上を覆うマスクを持っているだけで、自分が誰かを明かすことなく潜入調査をすることだってできる。
スタンガンでも携帯しておけば、ほとんどの人間を倒すことだってできそうだ。
もっとちゃんと考えていれば、凛ちゃんにあんなツライ思いをさせなくても良かったし、瞬を危険な目に遭わせなくても済んだかもしれない。
嘉稜寺の事件、または今回のミッションはもう少し円滑に進めることができたかもしれない。
零がユメカゴを離れなくても良かったかもしれない。
どうして今までもっとちゃんと考えなかったのか。
悔やまれる。
だから、同じことを繰り返さないために、ちゃんと考えて、ちゃんと備えておくことにしようと決めた。
†
「オレンジさん。」
「はあい。なんですかー?籠様!」
「あなたは、…特別ですね。」
「え?」
「しかもあなたは、それをごくわずかに知っていて、ごくわずかに覚醒した。」
「え?え?ちょっと待って、籠様。それって…。」
「ご家族のどなたかにそう言われて来ませんでしたか?」
「はい。おじいちゃんにずっと。」
「あなたはその意味がわかりかけて来ている。」
「いえ。ただ、このままではいけないな、とは…。」
「器があなたを求めています。」
「でも、ウチは…。」
「大丈夫。感じているでしょう。器の心を。あなたはリムレットの血を継ぎ、その能力を行使する才能を持っています。」
「え、なんて?り、リムレット…?」
「あなたの名はおじいさまがつけられたものだと思います。」
「名前…、何か意味があるの?この名前に。」
「ええ。とても想いの注がれた名です。」
「そうなんだ。」
「あなたの器にも史上様々な呼び名や敬称があったようです。」
「この子にも名前があるの?」
「ええ、もちろん。正式な名はグリム・スアージュ。器の中でも特別なものです。同じ意匠のものは世に二本とありません。でもお気に入りのあだ名は違うみたい。」
「えー、なんて呼ばれたら嬉しいか、とかまでわかるんだね。グリム・スアージュ…。姿に違わぬ美しい名前…。で、籠様、スアージュはなんて呼ばれたらしっくり来るの?」
「んー、じゃあそれは次回までの宿題にしましょう。」
「え。調べろって?」
「いえ。違います。調べても見つかりません。器に聞いてみてください。」
「器に、聞く…?え、そんなんできんの!?」
「はい。もちろんです。」