098 Epilogue of MS - 清水美奈帆の終幕
フラッシュバック。
いや、ただの記憶か。
はたまた、現実のものとなった悪夢か。
私の意識は最悪の状態で途切れた。
しかも最大の幸福から、最低の不幸への転落。
かろうじて動いていた程度の肉体に、精神的衝撃は厳しい。
資格なき人間が幸せを望むとこうなる、という当然の顛末なのだろう。
すみませんでした。
すべて諦めます。
だから、夫と娘だけはどうか幸せに。
祈りが通じたのだと思った。
次に意識が戻った時、悪夢は終了直前だったからだ。
藤重を殺した田村、田村を殺したこの男は火傷にただれ、死んでいるのではないかと思うような有様。
一体何が起きたのだろう。
お母さん、逃げるよ。
小さく声をかけ、私に肩を貸したのは娘の結香だとわかる。
反対の肩もぐっと持ち上げられ、そこには真白がいた。
すべてを、もう手足を動かすことも諦めていたはずなのに。
結香と真白が肩を貸してくれているのに歩かないわけには行かないだろう。
燃えて霞む視野には、夫もいる。
思い通りに動かない身体がもどかしかった。
それでも私はまだこの地獄からの抜け道を提示されているのだ。
炎熱地獄に二人の天使。
一歩一歩踏みしめるように歩いた。
本当に歩けていただろうか。
久しぶりの嘉稜寺に着いた途端の暴行、拘束、監禁、火事、脱出。
しかし、その一方で病院以外で夫と再会し、娘・結香との待望の対面、そして長い間私を苦しめた悪夢の元凶だった男は大火傷で重傷。
今度は一転して、地獄から天国に舞い戻ったのだろうか。
天使の導きによって。
私はとにかく疲れ、一晩ぐっすりたっぷりと眠った。
警察の事情聴取などがあったが、何も苦ではなかった。
ずっと待ち続け、望んでいた、夫と娘のいる場所に自分がいる。
ただそれだけ与えられれば私は無限にがんばれる。
気をとり直してごく普通に生活することにした。
夫も盲目だし疲れたことだろう。
だが、だからこそ普通の生活を送る。
ここは私の家なのだ。
体力が落ちていることも素直に認めなければ。
また病院送りだけは御免被る。
娘とはゆっくり話すつもりだ。
してはもらえないかもしれないが、それでもいい。
二人で話す時間が欲しい。
三人、親子水入らずの時間も欲しい。
ただ普通の生活を送りたい。
たったそれだけでいい。
この願いは受け入れられるだろうか。
とりあえず私は、事件翌日の朝、まずは夫に警察も含めたここにいる全員分のお茶を入れるように指示を出した。
夫はそそくさとお茶の準備を始め、結香は人数を数えにいった。