Grim Saga Project

104 Epilogue

 
 
 


あなたは誰?
私の名を知っている?

私は誰?
私はあなたの名を知らない。

名前なんてただの記号だけれど。
記号以上の意味を持つ場合もある、ということ。



眠りから覚めて大きな欠伸。
両手を上にぐっと突き上げて、伸びをする。
いつもと同じ、何も変わらない平和な朝。
今日はお姉ちゃんと何をして遊ぼうか…、と少し考えてから、それは遠い日の幻想であったと思い至る。

姉はいない。
あの日、失ってからどれだけの時が経ったのだろう。
数えることすらままならない。
文字通り空の彼方へと飛び立った姉を追って、私は生地を離れてここまで来た。
この喪失が永遠ではないと信じて。

この地に暮らす種と比べると、私はとても長く生きるから、当時と比較してだいぶ身体は大きくなったはずだけれど、これまでに要した時間も長い。
あれからどれぐらいの時間が経ったのだろう。
みんなは元気だろうか。



故郷で私は守者という役割を与えられた。
それは生まれながらにして定められた運命なのだという。
しかし、私は抗ってしまった。

従いたくないんじゃない。
お姉ちゃんに会いたかっただけだ。
ただ待っているのがイヤだった。
それだけだ。

生まれ育った場所を飛び出したけれど、私は裏切ったつもりはない。
守者として与えられた力と主器リリル・クレスティアがある。

個の力には限りがある。
私一人でできることはたかが知れている。
だから、私が役割をまっとうするには虹が必要だ。



今持ち得る最大限の私の世界。
それがユメカゴ。
それぞれに違う色を持ち、力を合わせることで、守者となる。
私の力の一端は、集めた力の増幅だ。

器も、個の能力も、ここには存在した。
なぜだろう。
守者であることからは逃れられないと同時に、新たに守るべき者を増やしてしまったかもしれない。
故郷も守り、この地と仲間も守り、お姉ちゃんとも再会する。
欲張りだ。

すべてを成し得るためには力が必要。
この地のどこかにいるお姉ちゃんにも必ず会える。
そう信じて、私は今を生きている。



「ジャガー、行ってしまうの?」

「籠様、本当にすまない。こんなに自分がふがいないとは。」

「貴方の求めるものはここにあります。また、その時が来たら約定天鎖が導いてくれるでしょう。」

「今のまま終わるつもりはない。次こそ期待に応えてみせるよ。」

「貴方がいてくれて助かりました。ありがとう。」

「オレはまだ、籠様の力になることができるのかい?」

「もちろんです。必ず。」

「わかった。それじゃあ戻ってくることを誓うよ。」

「はい。待っています。」

今回一番悔しい思いをしたのは彼。
生半可に基本的な能力は高いし、頭もいいから、この世界で戦うには殻を破らなくてはいけない。
そうなった時の彼がどんな力を得ているのかは、まだわからない。



「器に、聞く…?え、そんなんできんの!?」

「はい。もちろんです。」

「とにかく、ちょっと今回は思うところがあったんだ。ウチのこの力、やっぱ普通じゃないもん。大事な時に大事な人を助けられるように、ちゃんと考えておくね。」

「絶対できます。宝剣が見つけたリムレットの末裔なのですから。」

「よくわかんないけど、それはウチにしかできないこと?」

「はい。オレンジさんにしかできません。」

「じゃあやるっきゃないね。」

「はい。また近いうちにお会いしましょう。」

「うん。その時はこの子の呼び方もわかってるように色々やってみる。」

「楽しみにしています。」

遥か昔の運命の血を持つオレンジさんに会えたのは幸運だった。
彼女はユメカゴでも圧倒的に器との相性がいい。
会話していないのが不思議なくらいだ。
おそらく器の側に何か考えがあるのだろう。
切り札にすらなり得る。



「キューちゃん、見違えちゃいましたね。」

「ユメカゴが僕に色々なことを気付かせてくれました。籠様、僕をこの場に招いてくれてありがとう。」

「いいえ。力になってもらっているのは私です。こちらこそありがとうございます。これからもお力を貸してください。」

「そんな…。僕の方こそ。あ、そうだ。籠様は器の毒については何か知っていますか?」

「お姉さんのことですね。うーん、知っていることはないのですが、おそらくこの地の者、貴方たちにとっての器が、本来能力に見合わない、または共鳴によって異常を来してしまうきっかけを作ってしまう可能性はありそうです。」

「そうだった場合、来してしまった異常を、正常に戻すことはできるのかな?」

「更に想像の話をするならば、先ほどの仮説が正しかった場合、対処方法は二つ考えられます。一つは器と信頼関係を築くこと。もう一つは器に諦めてもらうこと。」

「ポジティヴ側とネガティヴ側の解決策、って意味?」

「はい。好かれるか嫌われるかハッキリさせる、という言い方でも良いかもしれません。」

「人間みたいですね、器って。それを確かめる術はありますか?」

「わかりません。少なくとも今のところ思いつきません。」

「うーん。そうですか…。いえ、ありがとうございます。とても参考になりました。」

「お姉さん、良くなるといいですね。」

「はい。今回のことで僕は前に進めるようになった気がするんです。きっと、いえ、必ずなんとかします。」

元より芯の強い方だとは思っていた。
しかし、それは想像以上で、今回一番成長したのは間違いないキューちゃんだ。
中性的なルックスからは予想もできないだろう。
無を照らす能力も特殊だ。
彼もまた何らか運命の繋がりを持つ存在なのかもしれない。



差し出した鈍色の枝を、ぼーっと眺めていたという。
逡巡したのか、何も考えられなかったのか。
やがて少女はその枝を受け取った。

紅い魔女、アップルこと赤石凛。
頼りになる、年齢以上に大人びた女の子だと思われがちだが、今回一番ツラい思いをさせてしまった。
だから、会わずに一旦別れることにした。
気持ちに整理がつくまでは、私がいない方がいい。

あとはオレンジさんとキューちゃんに任せよう。
鉄の千年桜は彼女のものだ、と器を手にした瞬間に感じた。
私自身、リリルからこの使命を聞いて、何のことだかわからずに器を手にして、ようやく意味がわかった。

確かにこの枝を狂人に渡してはいけなかった。
人を殺めかけ、あんなに苦しむアップルさんなら、ここを乗り越えれば大丈夫。
そう信じる。



「結局なんだったんだい?今回の件は。」

「私にもわかりませんが、一つ言えるのは、これで大きな危機は免れた、ということです。」

「大きな危機、か。」

「はい。鉄の千年桜を救うことは、たくさんの方々を救うことに繋がりました。」

「へえ。俺も救われたのかな。」

「おそらく、間接的には。」

「なるほど。俺自身に迫る危機ではなかった、と。」

「未来が見えるわけではありませんが、示唆されていた危機の中にはナスくんの大事な方が含まれていたようです。」

「そうか。それなら良かった。俺は籠様やペアの役に立てたんだろうか。」

「それはもちろん。とても感謝しています。」

「あ、いや、悪い。恩を着せようとかそういうことじゃないんだ。自分がここに来たのは何のためだったのかな、ってちょっと気になって。」

「ナスくんは、もう少し自分の価値を見直した方がいいと思います。」

「特に何もできないよ。」

「そんなことはありません。輪廻の指輪に選ばれたのはナスくんです。」

「え、器って人を選ぶの?」

「はい。器にもよるはずですが。」

「それは知らなかった。光栄だよ。使いこなせてる実感はないけどね。」

確かにナスくんはそんなに目立つ方じゃない。
だけど周囲を見る能力が高いし、仲間思いだ。
実際、影の立役者だと思うし、器の居場所を指輪に示させた以外の貢献度も実はとても高い。
一度ナスくんの大事な人がどんな方なのかも確かめてみたいものだ。



「おつかれさま。うまくいって良かった。」

「うん。ありがと、リエル。」

「ううん。初めてあんなに活発に行動している籠様を見たかも。」

「あれ?そう?そんなつもりはなかったけど。」

「ところでさ、結局どこかで何かの歯車が一つでもズレていたら、危機が訪れたのは誰なんだろう。」

「たくさんいる。」

「例えば?」

「あのお坊さんの一族はかなり危なかったんじゃないかな。」

「ああ、それはそうかも。他には?」

「キューちゃんのお姉さん。ナスくんの恋人。」

「え。」

「真白ちゃん。」

「ええ!?ちょっと、え…。」

「途中で、私が関わり始めてから、見えてきた。命の危機ではないとはいえ、ユメカゴも大半はこの問題を解決したことで大きく道が拓けたみたい。」

「あ、ええ、それは、…うん、そうだね、きっと。」

「リエルとナスくん以外は、これで未来が変わったと思う。」

「そっか…。うん、ふう、…じゃあ、気を取り直して、籠様は板についてきた?」

「丁寧に喋るだけのことがこんなに大変なんだね。」

「慣れない?」

「んー、できるけど、大変。」



リエルと出会った。
そこから、ユメカゴが始まって。
夢色の籠世界は、守者となるだろうか。
私のやるべきことは、成すためにこの世界を育ててみようと思う。

遥か彼方にある、私の生まれ育った地で起こるとされる危機にもこの世界で戦えるのだろうか。