Grim Saga Project

103 Epilogue of RH - 橋本梨恵留の終幕

 
 
 
ふう…。
事件解決当日深夜、嘉稜寺の客間でただ一人、私はようやく一息ついた。
涼しい夜、解決した問題を肴に、熱いお茶を一杯。



救急車で間光一郎が搬送された直後、私は関係者を全員集めた。
この後警察が来る前に共有しておかなければいけない話があるからだ。
到着した救急車に続いて、警察や消防も来ることがわかっていた。

まず一つは籠様のこと。
こうなる可能性も想定してはいたが、まさか燃え盛る倉庫にまで同行するとは思っておらず驚いた。
彼女がしたことは主に消火の補助、ユメカゴメンバーの鼓舞、間の救命、器の回収、の四点であった。
どれも警察の捜査上、重要事項ではない。
つまり、籠様については話す理由がないため警察に話さないで欲しい、という依頼を全員にした。

関連して鉄の千年桜に関しても、警察に話すべきことではまったくない。
その念押しをしておいた。
誰かが口を滑らせることで面倒しか起きないからだ。

そしてもう一つ、私たちの特殊能力のことである。
特に本堂の倉庫が燃えた理由は、凛のパイロキネシスに依る。
犯人の間はいいとしよう。
ユメカゴももちろん言わない。
パイロキネシスを見た可能性があるのは、拘束されていた四人だ。

おそらく真白は見た。
言わないだろうが、なんらか思うところはあったに違いない。
秀川氏は意識が戻っていても見えなかったはずだ。
空峰美奈帆とアシスタントのさくら、もとい空峰結香も見ている可能性はあるが、メンバーの話を聞くにそれはなさそうだし、仮に見ていたとしても二人は頭がいい。
話はしないだろう。

そう考えるとほぼ全員がなんらか関係者、空峰家かユメカゴ、または事件関係者という意味だが、唯一ただ巻き込まれたように思われるのはカメラマンの有原円のようだ。
とにかく、円も含め全員といわゆる口裏合わせをした。
それぞれが見たこと感じたことに関する言語統制は当然不可能なので、籠様、特殊能力、器についてだけ口止めしたということ。

倉庫炎上については、理由不明確にしておけば良い。
突然トチ狂った犯人、狂人・間の仕業で落ち着くだろう。
燃えたマッチでも置いておけば良かったかもしれないが、わざとらしいし、さすがにそんな用意もないのでやめた。



さて、私は事件が起きるまで編集長の間が主因たる犯人だとは知らなかったが、その可能性については当然疑ってはいた。
結果をもって確信したところで意味はないけれど、それに至る経緯についても後日更に各人からの情報収集結果や追加調査によって明らかになったことがある。

旧姓清水、空峰美奈帆は過去の嘉稜寺事件の犯人を目撃し、精神的なダメージを受けたことで入院生活を余儀なくされた。
PTSDというやつだ。
当時の事件で、嘉稜寺の一帯を開拓しようと目論んでいた企業マスイノベーションの代表取締役・藤重寿朗が殺害されている。
犯人は同取締役の田村塔二。

藤重と田村はマスイノベーション以前からの付き合いであった。
前職で要職に就いていた藤重をスケープゴートにして、会社は不正を隠蔽した。
田村も藤重を嵌めた側の人間だったはずだ。
しかし、どういう経緯かはわからないが、マスイノベーションで再度結託した。

もう一つ、見逃せないのが同時期に藤重の妻が亡くなっていること。
彼女の死と企業不正が直接的に繋がっているとは考えにくいが、間接的になら十分ありえる。
藤重は当時、会社を追われたことよりも妻を失ったことに対して、大きな失意と怨恨の念を抱いたという証言も、不確かながら得ることができた。

想像の域を出ないが、藤重の妻は夫を支え続けた果てに亡くなり、藤重はその無念を晴らすための復讐の一環でマスイノベーションを設立・大成したのではないか。
その結果、長い物に巻かれるように田村は藤重側についた。
もしかすると、藤重はすべてわかった上で田村を引き込んだかもしれない。
そうすることで、復讐劇の最終兵器として利用する意図で田村を見ていた。

しかし、その計画は失敗に終わり、田村は藤重を返り討ちにした。
その場が嘉稜寺であった。
田村はさらに何者かに殺害され、その犯人は見つからず事件は迷宮入りしている。

そこで間の過去を洗うと奇妙な符号がある。
間には他界した妹がいた。
名を二三(ふみ)という。
藤重の妻も二三というのだ。

戸籍の記録で繋げることはなぜかできなかったし、そこまで追うのが躊躇われたこともあり深追いもしていないのだが、十中八九同一人物だと見ている。
その時期の間が何をしていたかというと、企業お抱えの運転手をしていたそうだ。
その企業は不正を隠蔽し、藤重に辛酸を舐めさせた会社であるようなのだ。
今はもうないため、この情報は確証に至っていない。

とはいえ、ここまで情報が揃うと、どうしても想像は膨らんでしまう。
間兄妹の仲は大変良かったそうだ。
妹が不遇の死を遂げたとなれば、兄は大層恨んだことだろう。
誰を恨んだか。
妹を死に追いやったのは誰か。
間はどこまでその情報を突き止めていたことか。

少なくとも、夫であったはずの藤重寿朗への気持ちはネガティブだったのではないだろうか。
また、間接的に死の要因となったはずの企業、間自身が運転手として雇われていた会社にも負の思いがあったのではないか。
嘉稜寺で田村が藤重を返り討ちにする事件が起きた直後、田村が何者かに殺されている。
それを美奈帆が目撃した。
その時、藤重と田村を嘉稜寺に送り届けていた運転手が、間であったとしたらどうだろう。
マスイノベーションに転籍した人間が田村以外にも何名かいるところまではわかっているが、その詳細まではわからない。
私はこれ以上、過去の事件を掘り起こさなくてもいいと感じてもいる。

つまり、間が今回突然狂ったように周囲の人間を襲ったのは、美奈帆が嘉稜寺に帰って鉢合わせしたからではないか、という予想が立つ。
もしかすると、そもそも間が今回の撮影現場に嘉稜寺を選んでいた理由自体が、妹に関する繋がりであったかもしれない。
さらに言えば、今回の器を救うミッションは、鉄の千年桜が危機に瀕するという意味であり、それは間の手に渡ることを指し示していたのではないだろうか。
過去の嘉稜寺事件の時に行方不明になった鉄の千年桜を、今回籠様が発見・回収したわけだが、古くて黒い血がこびりついていた。
倉庫炎上・消火の一環で全員がずぶ濡れになったのをいいことに、洗い流してしまったが。
仏像の中に隠したのはおそらく美奈帆だ。
どういった意図だったのかはわからないが、殺人事件を目撃したことの証拠になるものを隠したかった、という可能性はないだろうか。
空峰美奈帆は過去の嘉稜寺事件の際、茫然自失かつ血塗れで座り込んでいるところを保護されたという記録が存在するが、捜査の結果、真犯人ではない、という結論に至ったようだ。

得た情報からの推測はここまでにしよう。
美奈帆からもう少し情報を得れば、私の考えのいくつかは確証に変わるかもしれないが、それで満たされるのは好奇心だけかもしれない。



雑誌「シェリー」の企画「和と洋のマリアージュ」は、所属するモデル・芸能事務所に私自身が持ち込んだものだ。
もちろん私、モデル・ラムの起用と抱き合わせである。
少し前はテレビにも出るぐらいだったけれど、今はもうほぼ活動しておらず、いただく仕事の話も多くを断っている。
周囲には少しでも名を売ろうとするモデルやタレントが溢れている。

奇異な目で見られるのは構わないが、来る仕事を断っていることが偉そうに見えて、どうも彼女たちには気に入らないようだ。
弱小事務所で、ある程度発言権もあるため、断る仕事は他の所属モデルとタレントに回しており、やっかみもあるようだけれど文句も言われない。

さらに企画書を自作して持ち込んだので、変人度は増す一方、というのが事務所内での私の立ち位置である。
自分を美しく見せることに余念のない同世代に興味がなく、事務所に足を運ぶのは気が進まなかったが、嘉稜寺の事件については社長と話をしに行かなければいけなかった。

企画も進行も自ら行った仕事が不慮の事故で成立しなかった場合、ギャラが発生しなくなることは初めから覚悟していたのだが、事務所の社長は変わった人間だ。
支払うと言ってきた。
私は、ご迷惑をお掛けしてすみません、と辞退を申し出たのだが社長は譲らない。

どうもこの他の子たちとはまったく異なる私の振る舞いに興味があるようで、仕事を断っていることについてもここまで不問なのである。
本当に変わっている。
というより断ることがわかっているにも関わらず仕事が来るのは、どうも社長が個人的に営業を続けているからであるようなのだ。

企画自体がどうなるのかについて確認すると、わからないから直接聞いてきてはどうかという。
私は二つ返事で了承し、二本電話を掛けて段取りをつけた。

「久しぶり、ラムちゃん!」

「お元気でしたか?円さん。」

「元気元気ー、ってまだそんなにあれから時間経ってないよ。」

「そうですね、まだ一週間ぐらいですもんね。」

「ところでさ、提案と相談がある。」

「なんですか?」

「その前に確認だけど、今日って編集部でどうなったか聞くだけ?」

「はい。おそらく間編集長があんなことになった以上、企画自体を取り止めるのだと考えていますし、聞けば間さんは編集長だけでなく運営会社の代表だそうなのでシェリー自体の存続もどうなのかなって私は思ってます。」

「うん。私もそう思う。で、正直シェリーがどうなっても別にいいんだけどさ。その前提の上で提案と相談ね。私、この企画最後までやらせてもらえないかな、って。」

「どういうことですか?」

「和と洋のマリアージュ、ではなくなるんだけど、あの事件の時、その前の試し撮りと合わせて何枚か撮ってあったのよ。それが殊の外、できがよくて。」

「あ、これが現物?」

「うん。見て見て。題して"夢色の幻想"。」

円が差し出した写真には私がいた。
いろんな私。
そして、ユメカゴ。

あの事件の中、どうやって、と思うほどの数十枚の写真にはメンバーが一人ずつ切り取られていた。
世に出して良いものかどうかわからないものもある。
燃えている本堂まで写っていたからだ。
円のプロ根性がこの写真を撮らせたのだろうか。

目の前の美人が撮ったのがにわかに信じられないほど、気迫に満ちた写真も多い。
一通り眺めてホッとしたのは、籠様が写っている写真は一枚もなかったからだ。
写真の束を円に返す。

「どう?なかなかのものだと思わない?」

「そうですね。昔グラビアなんかもやりましたけど、その時の私とはまた別人のようだし、みんなもよく撮れてる。」

「先に言っておくけど、口止めされた女の子がいたじゃない、あの不思議な。あの子だけは見当たらないの、一枚も。他の人たちは多分間さん以外全員どこかしらに写ってるんじゃないかな。現像の時点で意図的に抜いたりはしてない。」

「そうですか…。不思議な出来事だらけでしたね。嘉稜寺でのことは。」

「うん。ラムちゃん、でもある程度はわかってたんでしょ。」

「え?どういう意味ですか?」

「うーん、わかんないけどさ、なんとなくあの場は貴女によって創られた、みたいな印象がある。」

「あんまりしらばっくれても白々しくなりそうですけど、さすがにそれはないですよ。何かが起きる予感はあったから、尚都くんを帯同させたり、予防線は張ったんですけど、本当にビックリだったし、色々参りました。」

「仕事の話をしたくて来たから、そこはあんまり突っ込まないことにするよ。で、提案は企画の継続の件なんだけどね、相談は二つ。」

「一つはこの写真たちを使うこと、ですね。」

「そういうこと。あの事件自体は報道見る限り扱いは小さいけど、もみ消しも何もなさそうだから、たまたま居合わせて撮りました、でもいいと思うし、どうあれ事件現場の写真なんて衝撃的だよね。だけど、当然貴女を始め、あの場にいたみんなには了解をもらわなきゃいけない。それに、あの子たちとは何か繋がっているようだったし、貴女は中でもリーダー格なんでしょう?」

「円さん、ホントにただのカメラマンですか?そこまで言われたら警戒しちゃいますよ…。」

「あ、ごめんごめん。突っ込まないってば、細かいことは。そうじゃなくて、一人一人に了解を得るのは大変だから、ラムちゃんから連絡してくれないかな、ってだけだよ。」

「なるほど。もう一つは?」

「うん。もう一つの相談は、さっき見せた写真はね、動なんだ。」

「動…。え、…あ!そういうことですか。もう一度みんなを集めたい?」

「ラムちゃん、…貴女こそ只者じゃないよね、どう考えても。ああ、それはいいとして。お察しの通り、あの不思議な青年、緑川くんだっけ?彼以外にもあの場にいた子たちには形容しがたい魅力があったの。不思議な事件に巻き込まれてしまったけど、私にとってあの場は最高の撮影現場だった。そしてできた写真を見たら、作品を完成させるためには"夢色の静の幻想"が欲しい、って思っちゃった。ただそれだけ。」

「うーん、全員は集められないかもしれません。」

「いいよ。高望みはしない。すべてが終わった嘉稜寺で、集められる子だけでいいから、夢色の静の幻想を撮らせてもらって、それでこの作品を世に出したいの。今から編集部でその企画の提案をしたいけど、それにはまずラムちゃんの許可をもらわなきゃ。」

「私、そんなエライわけでも、みんなに指示出せるわけでもないですけどね。まだ待ち合わせまで少し時間あるから、お茶でもしながらみんなに連絡取ってみましょうか。」

「ホント!?すっごい嬉しい!」



かくして、私たちは再度嘉稜寺に集まることになったけれど、空峰一家もユメカゴメンバーもなんだかんだ、それぞれに改めてあの時を振り返る場として活用する時間になったようだ。
あの時と比べて、籠様、間氏、ジャガー以外の全員が集まることになった。
そしてもう一人、追加のゲスト、私の友人でもあった、病気療養中の緑川梨沙が外出許可を得て、車椅子で嘉稜寺を訪れた。
キューちゃんこと緑川瞬の姉でもあるし、尚都の恋人でもある。

実のところ、元々梨沙とは知り合いで尚都が梨沙に相応しいかどうか少し試したりもしていた。
驚いたのは、そうなる可能性があるかな、とは思っていたとはいえ、キューちゃんとアップルこと凛がお付き合いを始めていたことだ。
けれど、それ以上にキューちゃんの短期間における成長の度合が眼を見張る。

和やかな雰囲気で空峰一家と再会した私たちは真白も含めて、写真を撮ってもらった。
まさに夢色の静の幻想というに相応しい写真の数々を円は撮影して「夢色の幻想」という企画を押し通してしまった。
もちろん私自身も後押ししたわけだけれど、作品の迫力の凄まじさが話題を呼び、シェリー最終号は異例の発行部数・売上の記録を打ち立て、有終の美を飾ることになったのである。
まさに数奇。
これはもちろん私も予想していなかった。