Grim Saga Project

102 Epilogue of NY - 杠尚都の終幕

 
 
 
もちろん俺はミッションが終わると同時に彼女の待つ病室に駆け付けた。
真っ先にだ。
元より特別何かに秀でているわけでもない俺が、海の物とも山の物ともわからないグリムの器なんてものに興味を示して、異世界に首を突っ込んでいるとなれば梨沙は黙っていない。
それが自分のためともなれば尚のこと。

梨沙を心配させないようにこれまで必ず頻繁に連絡をしてきたが、今回だけは勝手が違い、半月近く音沙汰なしの状態になってしまった。
散々何があったのかを事細かに聞かれ、しばらくは毎日病室通いで、あったことを知る限りすべて話す。
穏やかに聞いている大事な彼女の左手の薬指には、お借りしていたシルバーの指輪が無事戻り煌めいていた。

「うん。それで、つまり貴方の周りには奇妙な能力を持つ人が集まったわけね。貴方もこの指輪たちの力を借りて、そこに居させてもらっている。今回はこの子もとっても役に立ったってことだ。」

「ああ。俺の指輪だけだったらおそらく俺にも千年桜の在り処は見えなかった。その指輪を借りていって正解だったよ。」

「で、浮気は?」

「は?」

「これだけ長いこと連絡を寄越さなかったんだから、なんか疚しかったんじゃないのー?」

「いやいやいやいや、だから何度も言ってる通り、隠してもしょうがないから全部報告してるって。確かにペア、…えーと、助手をしたモデルはちょっとその辺じゃ見かけない美人ではあったけど、何も疚しいことはない。」

「ホントかなぁ…。」

「これ以上どうすりゃ信じるんだよ。」

「ふふ。冗談だよ。尚都が嘘吐いたら私わかるし。」

「そうだろうから全部伝えてんだよ。」

「何その不本意そうな言い方。」

「いえいえ、滅相もございません。」

「ま、及第点ね。」

「え?というと?」

「全体的に。」

「わかんねえ…。」

「ところでさ、その籠様ってのは何の目的で鉄の千年桜を救いたかったんだろう。」

「籠様に関しては本当によくわからない。ちょっと人間離れしてるしな。」

「そもそもさ、救う、って何?聞いた話を総合すると、今回の尚都たちの行動できっと誰かは救われたんだと思う。見方によって誰が救われたのかは変わるし、そこはいいんだけど。」

「確かにな。鉄の千年桜を救った、ってのはどういう意味なんだろう。」

「でも最終的には回収したんだよね。それで救ったことになった。」

「ああ、そう認識してる。」

「で、結局アップルって子に渡しちゃったんでしょう?」

「そうなんだよな。籠様が欲しがってた、ってことでもなさそうだ。そこら辺は本当に俺もまったくわからない。」

「うーん、情報が足りないね。」

梨沙は俺の非常識な体験談を疑いもせずに聞くと、確かにもやもやしていた点をクリアにしていく。
さすがに賢い。
今は少し病状も安定していて、ベッドの上で起き上がって長々と座って話していても大丈夫そうだ。

ノックの音がして、人が入ってくる。
あまりに珍しくて驚いた。
自分もただの見舞客であるにも関わらず、他にも見舞が来る可能性などまったく考えていなかった。

わあ、瞬!

梨沙が今までに見せたことのない顔をして喜んでいる。
さてここで最近活躍の場がめっきり少ないポーカーフェイススキルでしれっと挨拶をしよう、と背後のドア側に立ち上がって振り返った。

あ!
え?
あれ!?

俺と二人の見舞客がそれぞれに素っ頓狂な声を上げた。
繰り返し梨沙に話して聞かせていた非現実的な冒険譚の主軸だったユメカゴの二人、キューちゃんとアップルさんがそこにいたからだ。
奇妙なリアクションの俺たち三人を見て、梨沙が首を傾げる。

「…まさか、……まさか、瞬、嘉稜寺で起きた事件で中心になって解決に当たった中性的な若い男の子って貴方?」

「え、姉さん、ちょっと待って…。これってもしかして、その話はそこにいるナスく、…じゃなくて、えっと、杠さんから?」

「え?え?どういうこと?」

「あれ?ちょっと待て。キューちゃんとアップルさんの組み合わせってどういう…。」

「これはさすがにビックリした…。えーっとね、姉さん、僕が話そうとしてたことの大半は、それじゃあ杠さんから聞いてたってことだね。僕は少し前を向くことができるようになったから、杠さんでも誰でも、姉さんの彼氏と向き合っても大丈夫、安心して。それで、突然なんだけど、今日は僕の大事な人を連れてきたから紹介する。赤石凛さん。」

「え、瞬、つまり、えっとお姉さんと付き合っている彼氏がナスくん、えっと杠さんだったってこと?」

「そうみたい。知らなかった。」

「あ、すみません。瞬さんとお付き合いさせていただいてます、赤石凛です。よろしくお願いします。」

「えー、ちょっと瞬!いきなりどうしちゃったのー!ビックリなんだけど。尚都の話に聞いてたキューちゃんが瞬!?信じられない…。あ、凛さん、はじめまして、瞬の姉の緑川梨沙です。とりあえず二人とも座って。」

「杠さん、それじゃあ、姉さんがこうなる前に同じ病状で倒れていたってのは…。」

「ああ、俺だ。どうしてこんなことになったのかさっぱりわからないから、俺は君の姉さんを治すためだけに器を追ってる。」

「そうだったんですか。僕が器を追ってる理由も同じでした。」

「ねえ、ってことは凛さんがアップルさん?尚都の話を聞く限り、瞬の彼女になってもらうには理想の子なんだけど…!あ、いやいや、そうじゃない。一つ聞きたいことがあるの。」

「はい。なんでも。」

「結局貴女が鉄の千年桜を渡されたってことだけど、どうして?」

「あ、ホントに何もかも聞いてるんですね。実は私もわからないんです。受け取ってしまったんですが、じゃあ籠様はどうして今回こんなことをしたのか、って。はじめから私に渡すことが目的だったとは思えなくて。」

「その千年桜はどこに?」

「ずっと持ってます。」

「今も?それって見せてもらうことはできるのかな?」

「ええ、お姉さんはすべてご存知のようですので、まったく問題ありません。」

と、その時着信したケータイの画面には"ラム"と表示されていた。
次のミッションか、何か別の用事か、一瞬躊躇いつつもすぐに電話に出た。