101 Epilogue of MH - 橋本真白の終幕
私はとんでもないことをしてしまったのではないか、という思いに捉われていた。
無理に連れ出した結香のお母様、美奈帆さんは病人だ。
嘉稜寺到着直後から想像を絶する様々な出来事が立て続けにあった。
警察の事情聴取や検分が一段落ついてから美奈帆さんと話をした。
まず、私は謝罪した。
結香とお父様を未だ解放していない呪い、という曖昧な何かがここまでの事件に発展するとは思ってもみなかったからだ。
甘かった。
しかし、彼女は大変感謝をしてくれた。
恩人とまで言われてしまった。
こんな目に遭わせてしまったにも関わらず。
それだけ、夫・秀川氏と娘の結香が大事だったということなのだろう。
私も姉は大事だが、命を賭してまで傍にいることを望む伴侶への愛のような感情について、おそらく私は無理解なのだ。
美奈帆さんと結香と食卓を囲み、お茶をすする。
高校生の頃に結香はどうだった、私はこうだったという思い出話を、美奈帆さんがとても嬉しそうに聞いていたのが印象的だった。
ところで、結香はどうしてここにいたの?と、美奈帆さんが聞くと、お母さんこそどうして?というやり取りの結果、互いの経緯について知ることとなる。
また真白はそういう無茶苦茶するんだから!と、結香は頰を膨らませるとキビキビと病院に電話を掛けて、母を引き取ったことの伝達と退院手続きの段取りをつけてしまった。
パワフルというかワンダフルである。
キョトンとしていた美奈帆さんだったが、やがて笑い飛ばすと、結香に怒られていた。
私は、自分のしたことが結果的には間違いじゃなかったと信じることができた。
二人の幸せそうな顔を見ることができてホッとした。
結香とご両親がこれから幸せでありますように。
†
「で、どういうこと?」
「どうもこうもないわ。」
「じゃああそこにいた理由は?」
「美奈帆さんを連れてきたの。」
「どうして?」
「結香が会いたがってたから。」
「結香…、あ、ああ、…そういうことか、なるほど、さくらさんね、納得。」
「何?さくらさんって。」
「今回の撮影班の雑誌編集部隊にいたアシスタントさん。」
「ああ、空峰だとすぐにバレるから仮名を使ってたのね。なんでさくらなんだろ。」
「米実さくら、と紹介されていたわ。」
「変わった名前ね。」
「ピンと来ない?」
「え?」
姉と再会した直後、思いっきり抱き締められて、思いっきり叱られて、その後の会話がこれだ。
基本的に、仲の良い姉妹だと自認している。
容姿端麗、頭脳明晰、元気いっぱい、さらに秘密めいていて、職業はモデル。
それでいて人間らしさも併せ持つ姉は、私がこれまでに見た誰よりも優れた女性だ。
私は完全に姉の劣化型だという思考が幼い頃からあることは否定できない。
しかし、私は自虐的ではない、と思う。
それで卑屈にはなっていない。
誤解を恐れずに言えば、私自身だって充分に魅力ある女性だという自負があるからだ。
そして、いや、ただし、だろうか。
私は姉が好きなのだ。
今度は誤解なきように蛇足的補足を加えておくと、当然姉への気持ちというのは恋愛感情ではない。
人として同性として姉として、どうしようもなく姉が大事だ。
美奈帆さんと秀川氏に見た男女の愛情とはやはり違うと思うけれど、むしろ美奈帆さんと結香に見えた親子の愛情には近しいものがあるかもしれない。
家族愛というやつか。
一しきり姉に言いたい放題言われたが、それを嬉しく、また愛おしく感じた。
†
あれだけ用意周到に時間を掛けて臨んだ今回だったが、私は器の姿を一目見ることすら叶わなかった。
姉と籠様、そして器。
私は何が気に入らないのだろう。
ただ幼子のようにすねているだけなのだろうか。
器を手にしてどうなるのだろう。
何もわからなかったら、変わらなかったら。
どうなったら満足なのだろう。
理由をつけて、二人の傍にいたいだけ?
それが叶わないからムキになっているのかもしれない。
結香と美奈帆さんは幸せそうだった。
今後もそうであり続けて欲しいが、実は私が一番ホッとした理由は、自分がしたことが誰かを不幸にしなかったことなのだと思う。
器を入手できなかったことよりも、それで一番安心したという感情を自覚して落ち込む。
なんて自分勝手。
つまりはただの子どもだということだ。
おままごとに入れてもらえない子ども。
そんなイメージを思い浮かべる。
それがわかったところで、じゃあすねるのをやめればいいかと言われると、そう簡単でもない。
†
器を目にすることすらできなかった私の今回の行動で、美奈帆さんを家族と合流させ、結香の家族の幸せに貢献できたであろうこと以外で唯一の収穫がある。
それは器の代わりに、謎だったユメカゴの特殊能力を目の当たりにしたことだ。
赤石凛。
彼女の能力は世に言うパイロキネシス、つまり発火能力だ。
超能力の一種として認識されている。
倉庫が燃えたのは間違いなく、彼女の能力に依るものだ。
そして見た限り、彼女は能力を制御できていなかった。
グリムの器と特殊能力の関係性が知りたい。
籠様が集めたメンバーが特殊能力者であるということ自体は、曖昧とはいえ事前にキャッチしたいた情報で、それは確信した。
しかし、器の力というのは記憶に関連するのではなかったか。
少なくとも発火というのは驚いた。
ユメカゴとはなんなのだろう。
姉にもそんな能力があるのだろうか。
ある、と思うべきだ。
籠様と姉が設立メンバーのはずで、その姉が特殊能力者ではないとすると様々な違和感を生む。
なんとなく姉がどんな能力を使えたとしても驚かない。
それほど私の姉、橋本梨恵留は全方位において規格外なのである。
私と姉、何が違うのだろう。
同じ血が流れているはずなのに。
杠尚都、緑川瞬の二人には今回以前にそれぞれ接触している。
その時は特殊能力など微塵も感じなかったし、それどころかごく普通以外の何者でもなかったではないか。
籠様か姉がそういった常識的には図れない能力を発現させるようなきっかけを与えることができるのだろうか。
だとしたらどうして私ではダメなんだろう。
そこに器が関係している可能性はないか。
収穫は大きかったが、下手をするとそれ以上の疑問も生んでしまった。
私の思考・行動の原泉がとても幼いものであることは、もう自覚してしまったから仕方がないのだけれど、だからといってここで引き下がることができないのも事実。
そして今回のことで、ユメカゴメンバーには余計に接触しづらくなってしまったことだろう。
これから先どのようにアプローチすれば良いだろうか。
得たものが大きかった代わりに失ったものも大きかった、というイメージが浮かぶが、無理やりそれをかき消した。