Grim Saga Project

100 Epilogue of RA - 赤石凛の終幕

 
 
 
私は過信していたのだと思う。
ユメカゴの中でペアと同等かそれ以上に何かあった時に打開できるのは自分だけである、という思いが頭の片隅にあったのだろう。
感情に比例して能力が強まることは知っていたのに。

倉庫を燃やしたのも、犯人を燃やしたのも、紛れもなく私だ。
すべて覚えている。
瞬と美愛が暴行を受けた瞬間、私の理性は吹き飛んだ。
事実、あの男を殺してやりたいぐらい憎んだ。
その結果、私は…。

自分のすべてがイヤになった。
これまでの発言も振る舞いもすべてを恥じた。
人を殺そうとするような人間など、最も忌み嫌う。
死んでしまいたいとまで思った。

瞬…。
偉そうなことばかりたくさん言ってごめんね。
私は貴方に何も言える立場ではなかった。
とにかく今は何も考えられないし、考えたくない。
消えてなくなりたい。



嘉稜寺からの帰り際、ペアに声を掛けられた。
私が燃やした男を謎の力で救って、救急車や警察が来る前にこの場を去った籠様からの伝言だという。

これはアップルさんが持っていてください、だそうよ。
と言ってペアが差し出したのは鈍い銀色に輝く木の枝のようなものだった。
言うまでもなくこれが鉄の千年桜なのだろう。
あまりの出来事がたくさん起きたせいで、当初の目的をすっかり忘れていた。

無事にミッションは遂行できたということか。
それはいいとして、回らない頭ではどうしてこれを私が持つのかまったくわからない。
いや、おそらく、絶好調でも同じことだっただろう。

お守りだそうよ、とペアが付け加える。
まさか私にお守りを渡すためのミッションだったということはあり得ないだろう。
一体どういうことだろう。

会話して問いただす元気すら私にはなかった。
差し出されたものを、私は反射的に受け取ってしまった。



会いたい。

短いメッセージは胸を打った。
生きていることを思い出したような気分になった。

すべて覚えている。
私がまだこうしてギリギリで踏み止まっていられるのは、あの時瞬が抱き締めて止めてくれたからだ。
大丈夫、というあの言葉が救いだった。

事件から今まで、ずっと美愛がそばにいてくれたみたいだ。
ありがとう、美愛。
行ってくる。
私も彼に会いたい。

電車を乗り継ぐ道中、様々なことを考えた。
私はまだ考えるということができたらしい。
どんな顔をしたらいいか考えたり、笑う練習をしたり、なんて言おうか考えたり、声を発してみたり。
落ち込んでいたはずの自分が驚くような、久しぶりに自分を責める以外の思考に夢中になっている。

考えただけ無駄だった。
私の人生で一番幸せな無駄かもしれない。
再会した瞬間、言葉に詰まった私を瞬はまた抱き締めた。
私の人生で一番泣いたと思う。
そもそも私は泣かない人間だと思っていた。
声を出して泣いたのは初めてだ。

また何も考えられなくなって、それが心地良かった。
ひとしきり泣いた後、私は彼の背中に回していた腕をほどいた。
これ以上甘えてはいけない。
せっかく瞬は前向きに変わっていっているのに私は邪魔にしかならない。
瞬が力強く言った。

凛、一緒にいたいんだ。

ダメだよ、私自分が恐ろしいもん。

僕は凛のことを恐ろしいだなんて思ってない。

感情が昂ったらどうなるかわからないよ。

昂らないようにすればいい。

そんなことできる自信ない。

だから僕がそばにいればいい。

え…。

彼はこんな私と一緒にいてくれると言った。
信じていいだろうか。
私はまだ自分を信じられないのに。
何を言っても瞬は優しかった。
その言葉の一つ一つに安心する。

私は必死に抵抗したが、最後はまた言葉にならなくなって、涙が溢れるのを止めることができなくなった。
私、こんなに泣き虫だったんだ。



貴女の力は貴重なもの。
目を背けるのではなく、向き合って使いこなすの。

ビクッと身体が震えた。
誰が話したかわからず驚いたからだ。
しかしすぐに声の主がわかった。
鉄の、千年桜…?

私は長らく空峰の寺に使われて、忌み嫌われ、呪いの元凶とされてきた。



瞬は初めて会った時とは別人のようだった。
すべてが前向きで失うのが怖くなるほど尊く、愛おしい。
自分を恐ろしいと思う気持ちとどちらが強いだろう。

私たちはたくさん話をした。
瞬は毎日大学に通い勉強をして、精力的にお姉さんの病気について調べている。
それなのに、私と話す時間を可能な限り取ってくれていることが痛いほどよくわかる。
お姉さんの病気のことも詳しく聞いてしまった。

一度会ってみたいな、と呟いたら、じゃあ一緒にお見舞いに行こうか、と瞬。
え、いいの…?
だって、彼女を紹介しなくちゃ、と改めて言われて、顔が熱くなった。

その週の土曜日、瞬と二人で病院を訪ねた。
瞬が足を止めた病室の前で、私はキョロキョロと周りを見渡す。
緑川梨沙、それが瞬のお姉さんの名だと聞いていたが、病室の入口にネームプレートはない。
私は瞬に続いてゆっくりと部屋に入った。
人生で一番心臓の音が強く聴こえたかもしれない。

え…?
あれ…?
私と瞬が一瞬の間を置いて声を上げた。
ベッドに横たわる美しい女性もさることながら、先客に驚いたのだ。