088 Episode MM 09 - 怒りの炎
扉の中に咄嗟にテレポートしたのは悪くない選択だったと思う。
自分以外の誰かと一緒に、というのは初めてだったがうまくいって良かった。
ただ、着地を失敗して、キューちゃんと二人で扉の奥にもつれて倒れる。
自分がキューちゃんの上に覆いかぶさるような体制になった上、元々しがみついて密着していたものだからひどいのしかかり方になった。
顔が、というか、唇が、キューちゃんの唇に…。
え。
目を開けてその状況を認識した瞬間飛び退いたが、キューちゃんも目を見開いて驚いていた。
「ごごごごめん…!」
「いや、僕の方こそごめん。…じゃなくて、ありがとう、助かっ…」
言い終わる前にガチャガチャと扉が開かれようとしている音がした。
まだ動揺の抜けない自分を尻目に、キューちゃんが部屋の奥を促す。
人が何人か倒れている。
四人だ。
…四人?
誰!?
いや、そんなことより今はこの危機をどうするか。
キューちゃんと二人で奥に駆け寄る。
倉庫は思いの外広く、奥と左右に天井まで届く高さの棚があり、様々なものが置かれている。
倒れている四人に駆け寄ると、みな死んではいないとわかる。
手足を縛られ、猿轡を噛まされている。
扉がガン!と派手な音を立てて開くと鬼かと見紛うような形相の男が入ってきた。
さっきキューちゃんを襲った男、少し前まで穏やかだった時の表情が嘘のような編集長だった。
開け放たれた扉の奥から凛が駆け寄って来るのが見えたが、今下手に刺激してはいけない、と思った。
「凛ちゃん!ダメ!」
叫ぶと扉の手前で凛が止まる。
編集長がそっちを一瞬向いたと同時に迷わず瞬が飛び掛かる。
ダメ、瞬が殺される。
凛の叫び声が響く中、両掌を組んで、こちらに向き直った編集長の奥側、背中側にテレポートして、組んだ両手で思いっきり頭をぶっ飛ばした。
自分にできる最大限だった。
人を殴ったのは初めてだったが、右手と左手がすこぶる痛い。
キューちゃんに木刀が振り下ろされなかっただけで安心してしまったのだから詰めが甘い。
座り込んでいた自分の左の二の腕辺りに、木刀を落とした男の太い右足での蹴りが飛んできて、私は吹っ飛ばされた。
味わったことのない衝撃。
左腕がミシッとおかしな音を立てたが、その直後に身体の右側が棚に激突した。
さっき感じた両手の痛みはわかったのに、今度はショックが大きくて痛いのかどうかもわからない。
そのままずるっと床に崩れ落ちたところまでは自覚できた。
「許さない。」
意識を失いかけた自分に聞こえてきたのは現実か幻か、怒りに満ちた凛の低い声だった。
凛の両手がゆるりと差し出され、上に向いた掌には炎が揺らめいている。
凛の能力、パイロキネシス。
ダメ、待って。
殺しちゃダメ。
私は大丈夫だから、凛ちゃん、お願い。
しかし、声にならない。
かろうじて唇が動いたような気はする。
あ、さっきキューちゃんと唇がぶつかったな。
ごめんね。
脈絡のない思考に捉われたまま、意識が遠のいた。