083 Episode NY 08 - 声
俺は立ち止まらずにはいられなくなった。
階段をまた登ることは当然楽ではなかったけれど、体力の問題がその主因ではない。
立ち止まって耳を澄ませないと、聞き逃してしまいそうだったからだ。
「悪い。先行ってもらえるかな?こんな時に申し訳ないけど一息ついていかないと無理そうだ。」
もちろんウソだ。
ラムが俺の顔を覗き込んで、一息ついた。
「ごめん。円さん、先行ってもらえる?で、お願いがあります。必ずさっきの赤石さんか緑川くんか、作務衣の二人のどちらかと一緒にいて。」
「うん。わかった。その四人なら大丈夫ってことね、万が一何かがあっても。」
円の察しが良くて助かった。
いなくなった三人を探すメンバーで唯一、ユメカゴではない円だが、ラムは今回の何らかに関して敵対することはないと判断しきっているようだ。
その見立ては正しいだろうか。
ぼんやりそんなことを思いながら、俺は石段に腰掛けて目を瞑って俯いた。
声に集中する。
ラムは俺を心配して残ったわけではないのだろう。
声を掛けてこない。
ちょこんと隣に座ったところまでは気配でわかる。
誰の声だ。
いや、これは誰かの声というわけではないかもしれない。
何の心だろう。
泣いている心の音だと感じる。
お父さん?お母さん?
両親を呼ぶ声?心?
やはり人の声か。
自分の知っている誰かか。
今まさにこの瞬間の心だろうか。
助けを求めているようだ。
それもそうだし、それ以外にも強い想いが張り巡らされている。
だからこそ聞こえた声なのではないか。
助けなければ。
この能力が聞かせた声が誰のものかも、いつのものかもわからないというのは初めてのことだ。
そもそもそんなにこの能力の利用の数を重ねてもいないし、使いこなしてもいない。
それでもこれまで聞こえた声は、視覚に映る誰かのものだったから、比較的迷わずに誰の心の声かすぐにわかったのだけれど、今はわからない。
なんとなく勝手に誰の声か判別できる能力かと思っていたが、違ったらしい。
しかし、今わかる範囲の人間なのではないかという根拠なき想像が働く。
閉じ込められている。
おかしい。
行方不明の三人ではない感じだ。
軟禁されている。
暗い。
そこに…四人いる?
ということは少なくとも、閉じ込めている側の人間もいるわけで、人数が合わない。
「ラム。」
「はい。」
「俺達が石段を降りる時に何組かとすれ違ったよね?」
「うん。」
「どんな人たちとすれ違ったか覚えてる?」
「あ。三組のはずだけど、今のこの状況に関係しているとしたら、一組しか思い当たらないな。」
「それ二人組?」
「うん。少し年配の女性と若い女性の。」
「数は合うな。」
「何が聞こえた?」
「助けを呼ぶ声。」
「急ごう。やっぱり貴方を連れてきて良かった。」