046 Episode SS 02 - 妻
妻の美奈帆は少女のような女性だ。
自分にはもったいない。
ころころとよく笑い、笑うとえくぼができる。
何事にもまっすぐで純粋、穢れを知らず天真爛漫。
納得のいかないことはとことん追求する。
僕の婿入り願いの際も散々なぜ家業を継がないのか問い質された。
それには真摯に答えたつもりだが、一応わかってくれたのだとは思う。
しかし、また最近嘉稜寺に興味を持ってしまったようだ。
親父とよく話をしているようだし。
自分の妻と父の仲が良いこと自体は何も悪いことではない。
むしろ歓迎すべきことだ。
とはいえ、やっぱり家業を継いで欲しい、と言われると困るのは確かだ。
そうなったら母の話をしても納得はしないだろう。
最悪、自分で頭を丸めて寺に入るとでも言い出しかねない気すらする。
わかっているのだ。
嘉稜寺や神仏、親父のせいではないことぐらい。
大好きだった母を失ったのは誰のせいでもない。
ただ、それらに縋り、最後の最後まで母の回復を信じた自らの無知や無責任さを許せない結果、寺を継ぐような気持ちにはなれないのだろうと自分では解釈している。
そんな個人の感情で何百年と続いた嘉稜寺の歴史に幕を閉じて良いのかどうかはまったくわからなかったが、一方でそれが今の自分の正直な気持ちなのだとも思う。
上司の倉持の所用に付き合った結果、嘉稜寺を訪れることになり、しかも家業の話になったのは運命だったのだろうか。
都市開発計画を持ち込み、嘉稜寺をその拠点に据えたい藤重の問い掛けには、改めて考えさせられた。
そしてその影響の大きさに揺らぐしかなかったのである。