Grim Saga Project

045 Episode SS 01 - 傷

 
 
 
僕がまだ空峰姓であった頃、子どもの時のこと。
母が謎の病気に罹った。
元気で明るい母が大好きだった。
 
お母さんっ子だったと自認している。
坊という仕事が何なのかもよくわからなかったし、そもそも父はあまり思いを言葉にするタイプではなかったこともあり、父のことがよくわからなかった。
 
いつ頃だっただろう、小学校低学年ぐらいだったか。
母が謎の病気に罹って、それ以来闘病生活は長く続いた。
 
「身体が思うように動かないの、ごめんね。」
 
わがままを言うと必ずこの言葉が返ってきて、その時の悲しそうな顔が忘れられない。
幼心に自分が大好きなお母さんを苦しめている、という心苦しさのような思いを何度も味わっては自己嫌悪感を覚えたものだ。
 
病院には父と一緒に行くこともあったし、祖父母と行くこともあった。
中学生になってからは電車やバスに一人で乗れるようになって、ほとんど一人で行っていた。
 
ある時、父に聞いた。
これはまだ小学生の頃、父と病院から帰る車内だったか。
 
「お母さんの病気はどうやったら治るの?」
 
「それがわからないんだよ。」
 
「じゃあ治らないの?どうやったら治し方がわかるの?」
 
「お父さんは嘉稜寺に祀られている仏様に毎日祈っているよ。どうかお母さんの病気の治し方がわかりますように、治りますように、って。」
 
この頃の僕は寺の息子であることを当たり前に受け入れていた。
それが日常だったから疑う術すら知らなかった。
たくさんは話さなかったが、時折話す父の言葉や幼い頃に母から教えてもらった話で寺が何か、神や仏が何かも漠然とはわかっていた。
だから、母の病気は治ると信じていた。
 
しかし、その願いは叶わなかった。
寺、神や仏のすべてが無力だと、自分すら責めた。
寺など継いでも何の意味もない。
自分はそんな何の役にも立たない神だか仏がだかにすがらず、自分の力で生きると決めた。
その結果が公務員だったのだ。