043 Episode MS 03 - 愉快密会
お父さんがお茶を乗せたトレイを持って客間に向かう。
トレイには6名分のお茶を乗せていた。
「あれ?お父さん、お客様は4人ですよね?」
「ああ、そうだよ。」
「お茶が6名分乗っています。」
「うん。せっかくだから美奈帆さんも一緒に聞いたらどうかと思って。」
「え?何のお話ですか?」
「さあ、それが実はまったくわからない。」
私の頭の上にはハテナマークが浮かんだのではないかと思う。
全然意味がわからなかった。
だが、一つだけわかったのは、客の一人が自分の息子であるという予期せぬことが起こって愉快だったのであろうということ。
私はきっとその愉快なサプライズに招かれた。
何の話だかもわからないけれど、なぜか息子が客として来たよ、ってことだったのだろう。
私はよくわからないまま、お父さんの後をついて、少し遅れて客間に入る。
あとから考えれば愉快だったかもしれないけれど、スーツ姿の男性が4人もいる場に一瞬凍りついた。
夫がその内の一人だなんて思ってもみず、すぐには気づかない。
急激に緊張したのだと自覚している。
あれ?と重圧感のある声を、威圧感のある男が発した。
予定にない私の同席に対する疑問の声だろう。
「ああ、こちらは義理の娘の美奈帆さん。急遽同席してもらいたいのだけれど、構いませんか?」
「もちろん構いませんよ。」
よくわからないまま、この場にいることを許され私はホッとした。
それでは、とその男が自己紹介を始め、株式会社マスイノベーション代表の藤重です、という重低音を聞いている時に少しだけ気持ちに余裕が出たのだろうか。
残りの客人の様子を伺った時に、夫に気付いた。
あれ?と今度は私が言ってしまった。
どうされました?とまだ紹介を受けていない男が言う。
「い、いえ、何も…。」
「そうですか?私は藤重の部下で田村と申します。よろしくお願いいたします。」
「私は市議会議員の倉持と言います。」
「倉持の部下の清水です。」
残りの客が簡単に挨拶をした。
夫は最後だった。
そして簡素。
夫の心情は私やお父さんほど純粋に愉快ではなかったと推察する。
予期せぬ遭遇の愉快さと別に、嘉稜寺に対するただならぬ思いがあるからだ。
婿入りを強く望んだ夫の心情を、まだ理解していない私としては複雑。
しかし、親子仲が壊滅的に悪いわけでもない。
今の挨拶を聞くに、自分が血筋としてはこの寺の後継者であることをわざわざ言うつもりもなさそうだ。
複雑な心境と並行して、そのちょっとした秘密の共有が面白くなってきた。
私もあえて客の一人が夫であることを言わずにいよう、と思った。