034 Episode KK 02 - 黒い焦燥
「倉持さん、ここは…」
「見ての通り、お寺だよ。君も地元なんだから知っているだろう。嘉稜寺。」
「要件は何ですか?」
「マスイノベーションを知っているかい?」
「そりゃあ、様々な都市開発を成功させている今注目の企業ですからね。上場も間近だと聞きましたよ。」
「次のターゲットの一つは我が市だそうでね。」
「え?なんでこんな辺鄙なところ?」
「それはよくわからないんだ。ただ、直々に何度もそのマスイノベーションの取締役が訪ねて来ている。」
「そうだったんですか…。で、嘉稜寺とどんな関係が?」
「先方が嘉稜寺に興味を示していてね。ここの坊さん、えーと空峰秀山氏を交えて話をすることになってる。」
「都市開発に寺の意味がわからないな。」
私は部下を一人連れて嘉稜寺を訪れた。
寺の敷地一歩手前で部下と話をしていると、一台のハイヤーが乗り付ける。
黒塗りでいかにもという雰囲気だ。
男性が二人で降りてきた。
もちろん運転手はまた別にいる。
話している間は車を待機させておくのだろう。
男の一人はややカジュアル気味の黒いスーツ、田村である。
もう一人はダークグレーのスーツにネクタイ、タイピンにカフスボタンまで身に着けていて完全武装モード。
私や田村よりは若く、ギラギラしたパワーに溢れた印象を与える。
田村が軽く手を上げた。
「やあ、倉持さん。今日はわざわざ段取りしていただいてありがとうございました。」
「いえいえ。」
「そちらの若人は倉持さんのお付きの方ですか?」
「いや、公務員にお付きも何もありゃしません。どんな話だかもわからないので、記憶が曖昧になっても困らないように若いのを一人連れてきた次第でして。」
「なるほど。それは賢い。」
田村が頭を下げ、ワンテンポ遅れてダークグレースーツも頭を下げた。
角度にして10度というところか。
浅い会釈、本当に挨拶程度、という印象を受けた。
「田村さん、そちらのお方は?」
今度は私が田村の同行者について尋ねる。
「ああ、ウチの社長ですよ。」
「今日はよろしくお願いします。」
ダークグレースーツの男が発した声は静かだが、低く鋭く抗い難い力を帯びていた。
私は正直なところ、この男が恐ろしい、という第一印象を植え付けられてしまった。