033 Episode KK 01 - 黒と灰の思惑
「何度も同じことを申し上げて恐縮ですが…」
「ええ、もちろん仰ることはよく理解できます。ですが私共が申し上げている内容にも一理あるということも承知していただけていると考えております。」
「そう。確かにあなた方の言うことが全面的に間違いだとは申しておりません。」
「伝統を守ること、歴史を守ること、古き良き時代を敬うこと、もちろんそれは大事です。ですが時代は流れています。」
「どこかで途切れる瞬間が来るかもしれないこともよくわかります。ですが、それが今だとは考えていない。」
「今でない理由はなんでしょう。」
「今でなければいけない理由がないからです。」
「少なくとも私共は今でなければいけないと思ってお話していることはご理解いただけているでしょうか。」
こじんまりとした会議室。
紳士的なビジネスマン風の男と、垢抜けないサラリーマンといった風貌の男、つまり私が話をしている。
紳士に見える男性はこの数年で様々な都市開発を手がけた株式会社マスイノベーション取締役の田村という。
対するよれよれのジャケットにノータイの私はU市の市議会議員で倉持という。
要するに田村氏はU市の都市開発を提案しており、私が渋っているという状態である。
これは今に始まったことではなかった。
会社の規模を著しく拡張してきつつある企業の取締役とはいえ、ただ強引な営業とは訳が違う。
今回で田村氏のU市訪問は実に4度目であった。
最初はただの挨拶だった。
私はしかしその時田村氏から受け取った名刺を見て、我がU市に都市開発の手が入ろうとしていることを認識した。
2回目、3回目の訪問で大筋の都市開発提案があったが、その時はまだ現実味が沸いておらずただただ話を聞いてぼーっとしていた。
というのもこれまでの訪問の際には、U市長などの自分よりも肩書が上の人間がいたのだ。
今回初めて田村は私を名指しで訪ねてきた。
私は明るく楽しい性格というわけでもなく、特別陰気というわけでもない。
自己アピールも強い方ではなく、割と周囲に流されながら生きている平々凡々といったタイプの人間だ。
それは自覚もある。
それ自体を悪いことだとも思っていないし、その性格や周囲の声に耳を傾けてきた結果が今の地位だ。
むしろこの当たり障りのない性質がプラスの要因として働いている可能性もあるとすら考えていた。
つまらない人間かもしれないが、安定して妥当かつ上々の道のりだと思う。
「空峰家をご存知ですか?」
「え?」
「そ・ら・み・ねさんです。」
「ああ、代々嘉稜寺の坊さんをしているあの空峰さんですね。」
「そうです。」
「それでは空峰秀山さんは?」
「はい。存じ上げております。」
坊さんが都市開発と何の関係があるのだろう?と私は思った。