Grim Saga Project

016 Episode RF 03 - 紳士は静謐と共に

 
 
 
美愛は不安そうな顔をしていたが、オレは捜査序盤における最善策だと思う。
嘉稜寺は写真では見て来たが、想像よりはこじんまりとしていた。
入口に当たる大きな木の門をくぐると、入山料と書いた木箱。
コインを2枚そこに入れる。
一瞬考えて、もう2枚を追加した。
事前に仕入れた情報通り、桜が見頃の季節は花を見に来る人は多くなるとはいえ、参拝客は少なめなのだろう。
 
気持ちの良い秋晴れの日、オレと美愛は汗だくになって寺に到着したのだった。
参道の桜並木は壮観だが、本堂に辿り着くには200段近い石段を登らなければいけない。
誰かに声を掛けようにも、あまりにも人の気配がない。
静謐だった。
しばらくうろうろしてから美愛が声を張り上げた。
 
「すーみませーん!」
 
「…誰もいない、ってことはないはずだよな。」
 
「さすがにそれはないと思うんだけどなぁ。」
 
しばらく落ち着かないでいると、寺の中ではなく裏側へと続く小道から質素な格好の坊主がゆっくりと歩いてきた。
初老、という表現がぴったり来そうだ。
坊さんはオレと美愛の方にスローモーションのごとく歩いてきたが、脇をすり抜けて5メートルほど進み、歩みを止めた。
はーい、と坊さんが声を上げた瞬間、不思議なシチュエーションに緊張の糸を張り詰めていた隣の美愛が小さく身体を震わせる。
 
「あ、あの…」
 
「ああ、後ろでしたか。失礼。目が悪いものでわかりませんでした。何の御用でしょう。」
 
「お寺を拝見したくて訪ねてきたんですけど。」
 
「拝見でも参拝でも、ここでは好きにしてもらって構いませんよ。」
 
「立入禁止の場所などはないのでしょうか。」
 
「ありませんよ。強いて言えば、裏の母屋は私が住んでいる家代わりなので、そこに来られても何もありゃしません、ってぐらいかな。」
 
快活に坊さんが答えた。
腰も曲がっておらず、杖もついていない。
初老というよりは老紳士風の坊主だろうか。
細目なせいか、目が悪いことも視認はしづらい。
 
じゃあご自由に、とでも言って去ってしまいそうな雰囲気だったが、坊さんは直立不動に後ろ手の姿勢でピクリとも動かない。
何なのだろう。
 
「あ、ありがとうございます。それじゃあちょっとお寺を見てきますね。」
 
「はい。どうぞどうぞ。」
 
美愛が怪訝そうな顔をしている。
オレは寺に向かって歩みを進めた。
それでも坊さんは微動だにしない。
美愛が後をついてくる。
彼女は何度も振り返ったが、オレは一度も振り向かなかった。