Grim Saga Project

 Chapter 08. 五つの心

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 Chapter 08-01. 対面











 

「王、客人が謁見を希望しております」

 ユベレシカの大臣の一人が王に報告をしているところだ。

「ふむ」

「例のジスカの英雄と報告のあったゼルファ殿の一行。
 ルナユーヴを化け物から守ったと聖騎士騎馬隊から報告のあった一行。
 この二組なのですが、どうなさいますか?」

「私が招いた者達だ。
 レウメリオを呼んで参れ。
 同席させる」

「わかりました」

 

 

「うわぁ…グリシアの宮殿とは大違いねぇ」

「エイス、そんなこと言うもんじゃないわ」

 メウが突っ込む。

「しかし確かにすごい広さだな」

「私も宮廷には始めて入ったけど、今までで一番すごいわ」

 ラダムもユマもやはり驚いている。

 本当はエイスがグリシアの姫であることを隠しての旅なのだから、ユベレシカ王に謁見するつもりはなかったのだが、ルナユーヴでの一件で聖騎士騎馬隊から王に会うように言われていたのだ。

 ここは謁見控えの間と呼ばれる宮廷の一室だった。

「私自身はユベレシカ王とは会ったことがないから、内緒のままで行きましょ」

 というエイスの言葉に一行は従う予定だった。

 隣室にはゼルファたちがいた。

 

 

「言葉もないかい?」

 フローシアに言ったはいいが、ゼルファも相当驚いている。

 宮廷にしてもやはりジスカとは桁違い。

 街でも驚いたが、ここでも目を丸くせざるを得なかった。

 唯一の例外と言えば、まだ心を失ったままのロージェだと言えるかもしれない。

「これ、本当に人間が作った建物なんでしょうか…」

 ダル=ティポ全部よりも大きいかもしれない。

 フローシアが驚くのは無理もない。

 そこへ王の伝令を伝えに先ほどの大臣がやってきた。

 

 

「レウメリオ」

「はい」

「忙しいだろうが、今言った通りだ。
 ジスカの英雄とルナユーヴを救った者たちを歓迎したい。
 グラハルトを同席させようと思ったのだが、化け物退治の後処理に追われてしまっていてね。
 付き合ってくれ」

「わかりました」

 クライファースを継ぐ報告の時は不安そうな顔をしていたものだ。

 しかしどうやら姉は王にも一言言い添えていたらしい。

 意外とすんなり認められたのだった。

 二度目に王に会ったのが先日。

 フェリナス暗殺事件の犯人を倒した報告の時だ。

「やはりフェリナスの目は正しかったのだな。
 レウメリオ、これからもクライファースを頼むぞ」

 と、言われて、正直嬉しかったことを思い出した。

 

 

 二つの部屋からエイスの一行とゼルファの一行が出てきた。

 王とレウメリオ。

 エイス、メウ、ラダム、ユマ。

 ゼルファ、ロージェ、フローシア。

 九人が謁見の間に顔を揃えた時だった。

「あ」

 と、声を上げたのは一人ではなかった。

 レウメリオ、エイス、ユマ、ゼルファ、フローシアの五人に異変が起きた。

 身体が眩いばかりに光り始めたのだ。

 それぞれ、黄色、赤、桃色、白、緑色に。

「これは…」

 王が思わず立ち上がった。

 しばらく誰も何も言えなかった。

 

「運命だな」

 言葉を発したのは王だった。

 やっと五人の身体の光が落ち着いてきていた。

「フェリナス…。
 あの娘は偉大だった」

「王、今なんと?」

 レウメリオが聞き返す。

「君の姉さんは、こうなるかもしれない、とわしに申し立てておったのだよ」

「え?」

 

 

 

「私がもしやられるようなことがあったら」

 王が顔をしかめた。

「弟を、レウメリオを信じてください」

「あまり考えたくないな」

「私だって死にたいわけじゃありませんよ」

 フェリナスは美しい微笑を湛えた。

「しかし…」

「感じるんです。
 …あの子は特別。
 私は天才と言われてきましたが、あの子はそんな言葉では計り知れない何かを持っています。
 今はまだわからないけれど。
 もしかしたらあの子の周りに、世界を救うべき人間が集うかもしれません」

 王はただフェリナスの言葉に耳を傾けることしかできなかった。

「あ、申し訳ありません。
 こんな話をしようと思ったわけじゃなかったんですが…」

「いや、良い」

 王も微笑んだ。

「世界を救う、か…」

 

 

 

「お主らはきっと世界を救うことを宿命にして生まれてきた者たちなのかもしれん」

「王…」

 レウメリオが不安な表情を浮かべる。

「いや、すまんすまん。
 わしもお主と同じで、フェリナスのことがまだ忘れられないんじゃな」

 レウメリオが微笑んだ。

「ともかく。
 せっかく集まったんじゃ。
 皆のもの、わしに名を教えてはくれまいか」

 一同がハッとして、慌ててたたずまいを直す。

 それほどに全員が驚いてしまっていたのだ。

「僕は、ジスカの剣士ゼルファと言います。
 お目にかかれて光栄です」

 ゼルファは一礼して言葉を紡ぐ。

「こっちはロージェです。
 既に報告を受けているかもしれませんが、先の事件でアクシジールから生存した者の一人なのですが、ショックのあまり心を失ってしまいました」

 車椅子の女性の肩にそっと触れる。

「私はフローシアです。
 ダル=ティポから来ました。
 ゼルファさんとは縁あって、アネージボードからご一緒させていただきました」

 と、ちょこんと頭を下げる。

 王は三人を見渡す。

「ゼルファ殿。
 このたびの一件、真に遺憾であったが、よくやってくれた。
 アクシジールから生還者があったのはおぬしのおかげと聞いている。
 そちらのロージェ殿は残念なことだ。
 一刻も早く心を取り戻せることを祈っておるよ。
 もし良ければそれまでの間、宮廷で面倒を見るがどうかね?」

「突然過ぎて正直驚いてしまいました…。
 多分のご迷惑をお掛けすることになると思います。
 少し考えさせてください」

「あい、わかった。
 ゆっくり一晩考えるが良い。
 そちらはフローシア殿だったね。
 ゼルファ殿と協力して、サンセチュベールを救ってくれたと聞く。
 ありがとう」

「いえ、そんな、私は私の出来ることをしたまでです」

 うんうん、と王は何度か頷いた。

 続いてエイスが一礼する。

「初めまして。ユベレシカ王。
 私はエイシーンです。
 エイシーン・グリシア。
 グリシア国から来ました」

 王がちょっと目を見開いたが、もっと驚いたのはエイスの隣に並んで立っていた三人だったのは言うまでもない。

「おお…。
 グリシアの姫であったか。
 今後ともよろしく頼む。
 ルナユーヴの一件、ありがとう」

 エイスがぺこっと頭を下げ、続ける。

「今の光のことでグリシアを出て来ました。
 本当は身分を明かさないで旅をする予定でしたが、気が変わっちゃいました。
 少し長くグリシアに帰らないことになりそうです」

 メウとラダムを掌で促し、

「こちらがメウ。
 こちらがラダムです。
 二人は腕に覚えがあるので私の護衛としてお供してもらっています」

 メウとラダムが頭を下げ、ユマが口を開いた。

「ユマといいます。
 先日まで劇団・深心華宮に所属していたのですが、やはり例の光の件で姫と同行することにしたばかりです」

「ふむ。
 エイス、メウ、ラダム、ユマよ。
 改めて例を言おう。
 ルナユーヴを救ってくれてありがとう。
 とてもじゃないが、聖騎士隊が向かっても間に合わないところじゃった」

「いえ。
 お役に立てて良かったです」

 王が愉快そうに笑う。

「わっはっは。
 こんなに歓迎し甲斐のある客がたくさん訪れることも滅多にないのう。
 なんだか気分が高揚してしまうな。
 おっと、こちらも紹介せねばなるまい」

 みんながレウメリオの方をちらっと見た。

「レウメリオです。
 聖騎士隊に所属しています」

 レウメリオが丁寧に頭を下げる。

「皆のもの、今宵は歓迎の宴を催すつもりじゃ。
 参加してくれるね?」

 口を挟む者はいない。

「さっきの光の一件。
 わしにはさっぱりわからん。
 お主たちの方が色々知っているじゃろう。
 明日今一度集まって、それについて話を聞かせてはくれまいか」

 エイスがそれに答えた。

「ぜひお願いします。
 私たちはそのためにここに来たようなものですから」

「異論がなければそうしよう。
 今日はとりあえず懸念は捨てて楽しんでくれい」











 Chapter 08-02. 会議











 

 宴は豪華だった。

 豪勢な食事、華やかな雰囲気。

 皆が皆、どうしても拭えない思いを抱えていたのは確かだが。

 しかしその夜は早く更けていったのだった…。

 

 

 

 軍法会議室。

 そこにレウメリオはいた。

 一晩明けて、早朝。

 レウメリオ以外に席についていたのは、クライファースの面々だった。

「王からこのような言伝を預かったわけだけど。
 どう思う?
 率直な意見を聞かせて欲しい」

「反対だな。
 もし強行するなら私はクライファースを抜ける」

 薄い青のヴェールで顔を覆った鳥の一人。

「ふむ。
 それはどうしてだい?」

「どうして?
 それこそどうして全く得体の知れない他国の者と協力しなくてはならないんだ。
 理由を聞かせて欲しいね」

「それは確かにそうだね」

 王の指令はこうだった。

 

 

 

「二つ。今大きな問題がある。
 一つは反乱分子の問題。
 一つは突如現れた化け物の問題。
 その両方を解決したい」

「はい」

 早朝、更に早い時間、まだ陽も昇っていない時間のことだった。

 レウメリオは王に呼ばれて、謁見の間にいた。

「本来ならば、その二つの問題に取り組むべく、それぞれ部隊を構成すべきだ。
 しかし、現状は聖騎士隊はユベレシカに現れ始めている化け物処理で手一杯。
 化け物問題は、突然発生した理由となるその元を調べて断たねばならん。
 表立って動く部隊にはある程度の人数しか避けん。
 そして二つの問題に取り組む部隊の隊長として、レウメリオ、君が二つとも適任だと、私はそう思っている。
 光を宿した者たちを部隊の構成に含めたいのは山々だが…。
 エイシーン姫を部隊に入れるわけにはいかない。
 ラダム殿とメウ殿は、姫の護衛じゃ。
 ユマ殿やフローシア殿を招集するには、幼すぎる。
 するとやはりゼルファ殿だけでもクライファースに迎えて、…厳しいとは思うが、二つの問題に取り組んではもらえないか」

 王の言いたいことは痛いほどよくわかった。

 レウメリオは考えた。

「クライファースで一度相談させてください」

 

 

 

 クライファースが集まったのはそういう理由だった。

 そこにノックの音が響いた。

「失礼します」

「あ…」

 レウメリオは驚いた。

「おはようございます」

 そこにはエイスがいたのだ。

「失礼。
 ちょっと聞こえちゃったものだから」

「何者だ」

 青いヴェールの者が立ち上がる。

 レウメリオがそれを手を上げて制す。

「どうしてここに?」

「王が昨日言ってたでしょ。
 明日の午後話をしたい、って。
 絶対午前中の内に何かあるな、って思ったんだ。
 女の直感だけどね。
 私は昨日身分を明かしちゃったから、表立って危険な状態には置けない。
 だから自分で動かないと置いてけぼりにされちゃうわ」

「おてんばなお嬢さんだな」

 青いヴェールの者が言う。

「まあまあ、カスフェリア。
 彼女の言うこともわからないではない。
 仕方がないな。
 どうせ鳥たちは仲間内ですら顔も見せないんだし。
 ちょっと、問題の人たちを呼んでくるよ。
 みんなも実際会ってみないと何とも言えないところもあるだろ」

 こうして大人数での会議は予定より数時間も早く開催されることとなった。

 

 

 

 必ずしも和やか、とは言い難い雰囲気ではあった。

「ちょっと提案があるんだ」

 まず話し始めたのはレウメリオだった。

「その前に一つ話をした上で聞いておきたいことがある。
 鳥ではない方々に」

「なんでしょう」

 答えたのはメウ。

「まず…」

 と、光を宿した者たちとユーベル・クライファースの共同戦線を張る計画についてレウメリオは説明をした。

「そういうわけだけど、当然王はグリシアの姫たちをユベレシカの一兵にすることはできないと言っている」

「申し訳ないけど、もう遅いわ。
 それと…。
 私はグリシアの姫ではなく、ここではエイスと呼んで欲しいな。
 一介の旅人だから」

「はぁ…、やっぱり。
 そういうと思ったよ、エイス」

 ため息をつきながらレウメリオはグリシアの姫を「エイス」と呼んだ。

「で、それを踏まえて聞いておきたいことなんだけど。
 ゼルファ殿はクライファースと協力していただきたい。
 それ以外の方で、この提案からおとなしく身を引いてくださる方、いますか?」

 しーん、と虚しい沈黙が訪れる。

「だよなぁ…。
 絶対こうなると思った…」

 レウメリオにはわかっていたようだ。

 女性の頑固さが。

「さて、提案。
 ここに集まっているユーベル・クライファースがボクが率いる部隊。
 これで全員、十二人で構成されている。
 この十二人とゼルファ殿、フローシア殿、エイス殿、メウ殿、ラダム殿、ユマ殿。
 十八人での協力体制で今世界が直面している問題に立ち向かいたいわけだ。
 もちろんゼルファ殿以外の客人たちはスペシャルゲストだってことは一旦置いておく。
 そこでね、隊長であるボク自身、いや前隊長だった姉フェリナスですら把握していなかった鳥たちのことをもう少し知っておきたいんだ。
 共同戦線にはある程度、仲間の情報も必要だろう」

 また少し沈黙があった。

「顔だけでもいい。
 本当の名前だけでもいい。
 声を聞かせてくれるだけでもいい。
 ボクも実はクライファースについてもう少し知りたいとは思っていたんだ。
 無理にとは言わないけどね」

 というと、レウメリオは先にエイスたち六人を鳥に紹介してしまった。

「ついでにもう一つ」

 と、レウメリオは更に五人の光の力について説明した。

「フローシア殿、ちょっとお願いできないかな」

「わかりました」

「サリアン、ちょっとこっちへ来てくれ。
 君は確か先日傷を負っただろう」

 突然呼ばれてサリアンは驚いたようだったが、傍に寄ってくると腕まくりをして、腕の切り傷を見せた。

「この前の任務で切られたやつだ。
 大した傷じゃないけどね。
 まだ痛むが、二週間もあればキレイすっきり…」

 と、言葉が途切れた。

 フローシアの左手からほんのりとした柔らかい緑の光が発せられ、サリアンの腕に向けられる。

 みるみるうちに傷が消えた。

 

 

 

「あんなの見せられちゃったからね。
 私は協力するよ。
 選ばれた者、とか言われてもピンと来ないけど、急に魔法を使えるようになったってことなら、そこには何かがある。
 後で占ってみるよ」

 カスフェリアと呼ばれた鳥が青いベールをパッと取った。

 白い肌が美しい女性だった。

「カスフェリア・レイミル。
 飛び道具と毒が私の十八番。
 よろしく」

 と、薄い笑みを浮かべると立ち上がって軽く頭を下げた。

「カスフェリア、ありがとう。
 君の名は愛称じゃなかったんだね」

 カスフェリアに礼を言うと、レウメリオが更に続ける。

「彼女は占い師でもある。
 生前、姉が頼りにしていた」

 

「それじゃあ、僕たちもこの際だから話してしまおう」

 と、二人が立ち上がった。

「リラ、リル」

 レウメリオがそう呼んだ二人は同じくらいの背格好で、面をつけていた。

 ふわっとした服を着ているので、体型はよくわからないのだが。

 しかし二人の面には決定的に違う部分があった。

 それは表情。

 声を上げた方の男の面は薄ら寒くなるようなニヤニヤとした笑いを表した面。

 もう一人の面はなんだか深い悲しみを湛えているように見える。

「二人は、笑面のリラと悲面のリル、と呼んでいる。
 だけどそれ以外はボクも何も知らないんだ。
 姉が、もしかしたら双子かも、と言っていたけど確証はない」

 レウメリオが簡単に言い添えた。

 男が笑面をゆっくり取った。

「笑面のリラこと、トルハ・テュイネーゼです」

 軽く頭を下げると、次にもう一人もゆったりと仮面を取った。

 が、しゃべり始めたのはトルハだった。

「悲面のリル。ジーネ・テュイネーゼ。
 彼女は声を出すことが出来ないんです」

 リラがささやかに笑った。

 リルもにっこりと笑う。

 二人の顔は男女の違いはあれ、驚くほど似ていた。

「レウ隊長が双子って言ったけど、それは間違いです。
 僕たちは異母兄妹なんですよ。
 幼い頃からよく顔はそっくりだと言われましたけどね。
 きっと父に似たんでしょう。
 僕たちの父はテュイネーゼ流剣術という独自の流派で剣技を磨いてきた人間でして、僕たちもその太刀を振るいます」

「なるほどね。いや、驚いたなぁ。
 ありがとう、トルハ、ジーネ。
 今後はそう呼んでいいのかな?」

 レウメリオが言った。

「ええ。
 笑面のリラと悲面のリル、というのは僕たちのためにフェリナス隊長が考えてくれた名前です。
 気に入っていたんですけどね。
 今日を機に隊長離れします」

 更にトルハが語る。

「今回の仕事は今までで一番大きなものになりそうですね。
 実は僕たち兄妹にはちょっとした探し物があるんです。
 フェリナス前隊長は、それをご存知で『クライファースで共に探そう』と言ってくれました。
 なんとなく、この任務でその手がかりを掴めそうな気がする。
 だから僕たちは協力します」

 

「そんじゃ次は一応オレも」

 とサリアンが立ち上がる。

「サリアン・フォート。
 隠し事は何にもないぜ。
 レウとはまあうまくやってる」

 と、早口に言った。

 

「隠し事は私にもないな。
 自己紹介しておくとするよ」

 中では比較的中年の剣士らしき男が立ち上がった。

「私はハシムだ。
 ハシム・グレンティス。
 君たちが見せた魔法の力とやら、興味深いね。
 よろしく頼む」

 彼はレウメリオが隊長として鳥を全員集めた会議の時にサリアンと共に食ってかかった男である。

 口と顎に無精髭を生やしている。

 ハシムは一通りの顔を見渡してから一礼した。

 

「これで六人、だね。
 ボク、サリアン、ハシム、カスフェリア、トルハとジーネ」

 ハシムの挨拶から少し間を置いて、レウメリオが言った。

「素性がよくわからないままの鳥はちょうど残り半分。
 あとはどうする?」

 レウメリオは残る六人の顔を見渡す。

 

「私もちょっと話をしておかなくちゃね」

 一人の女性が立ち上がった。

 彼女は一見占い師のような雰囲気を醸し出している。

 肩に巻いた長いショールをそのまま顔の方にまでふんわりと巻きつけている。

 長い髪が印象的だ。

「プティの声、初めて聞いたよ…」

 レウメリオが呟いた。

 プティと呼ばれた女性がしゅるしゅるとショールをほどく。

 現れたのはまだあどけなさが残る女の子の顔。

「あ…」

 声を上げたのはメウだった。

「久しぶりね、メウ」

 プティが言った。

「アズサ…。
 アナタがユーベル・クライファースの一員だなんて…」

 プティことアズサが幼い顔に大人の笑みを浮かべた。

「初めまして、みなさん。
 私はアズサ・クランベル。
 グリシアを出身地ってことにしてるわ」

「…ってことにしてる?」

 ユマが突っ込んだ。

「私から話すわ」

 メウが口を開く。

「私はメウ・クランベル。
 エイス、ラダム、気づいたでしょう?
 彼女の名を聞いた時に」

 対してエイスが答える。

「ええ。
 メウと同じ姓ね、クランベル」

 メウが続ける。

「でも私とアズサは別に姉妹ってわけじゃないの」

 一瞬、場にいた人間は内心首を捻っていたに違いない。

 同姓だけど姉妹ではない…。

「私やアズサが育ったのはグリシアにある修道院なの。
 クランベル修道院。
 そこでは孤児院もやってるわ」

「ああ…そうだったわ。
 クランベル修道院…」

 エイスがぼそっと呟く。

「修道院にはたくさんの子どもがいるの。
 身寄りのない子ども。
 親に捨てられた子や親を失った子、色々」

 メウはそこまで言うとすとんと椅子に腰を下ろした。

 アズサが続ける。

「メウとはそこで一緒に育ったってわけ。
 勿論私たちは本当の姓がわからないから、クランベルと名乗っているの。
 ただ…」

 プティが少し口ごもる。

「ただ、私は本当に自分のことをこれっぽっちも知らないのよ。
 私は何者なのか、まったくわからない。
 本当に人間なのかすら、ね」

「どういうことだい?」

 レウメリオが尋ねる。

「私は空から降って来たのよ…。
 キュキュ。
 姿を見せてあげて」

 というと、一番小柄な鳥が立ち上がった。

 全身を布で覆った子ども、という印象。

 しかし一同は驚くことになった。

 その布の塊から出てきたのは小さな見たこともない生き物だったのだ。

「キュー」

 会議室の机の上に、飛び跳ねるようにして乗っかった小さな生き物。

 もこもこしているからフェリナスが「モコ」と名づけたらしい。

「モコという名も気に入っているんだけどね。
 私は昔キュキュと名づけてからずっとそう呼んでいるの。
 私が空から降って来た時、一緒にいたのがこの子。
 アズサという名前もプティという名前も本物じゃないわ。
 本当の名前はわからないんだから。
 アズサは修道院の院長がつけてくれた名前。
 プティはフェリナス隊長がつけてくれた名前」

 アズサは空から降って来た。

 キュキュと一緒に。

 その後をクランベル修道院で過ごし、ユベレシカに渡って鳥の一員となった。

 そういうことだという。

 誰もが少し呆気に取られていたが、ハシムが口を開いた。

「しかし…。
 君とその小さい生き物はどうやって空から降って来たんだい?
 まさか生身のまま落ちてきたわけじゃあるまい」

「まさか」

 と言って、アズサは笑った。

「丸い船に乗っていたんだそうよ。
 私は覚えてないんだけどね。
 とにかく私とキュキュの自己紹介はこんなところでいいかしら」

 

「こんなとこかな。
 予想以上にたくさんの鳥が素性を明かしてくれた。
 ボクも知らないことだらけだったよ」

 レウメリオはちょっと笑った。

「残りの四人はきっとそれぞれ色々事情もあるんだろう。
 現段階ではここまで伝えてくれただけで十分だと、ボクは思う。
 一応仮名だとは思うが、残りの鳥を紹介しておくよ。
 まず、仰々しい鉄仮面と鎧に身を包んだ彼。
 エンフィルだ」

 全身重装備の男が立ち上がる。

 漠然とした予想に反して、彼は声を発した。

「隊長が仰ったとおり。
 仮名ですが私はエンフィルと言います。
 わけあって今は顔を見せたくないが、協力は惜しまないつもりです」

 どんよりとした低い声でゆっくりとした言葉が響く。

「ありがとう、エンフィル」

 レウメリオが礼を言う。

 自ら語ってくれたことに対する礼だろう。

 

「黒い衣服に身を包んでいるのがティータ」

 細身の隊員が紹介された。

 立ち上がってぺこっと頭を下げる。

 動きやすそうな黒い装束と顔を覆った頭巾。

 目は露出していて、鋭い眼光が印象的だ。

 鼻と口はかたびらのようなマスクで隠れているから、顔の造形はわからない。

 共同戦線について、異論も唱えず、一同に礼をしたことから、今回のミッションに反対ではないようだ。

 

「次はロセーヌ。
 彼女はちょっと特殊だよ。
 歌によって人を魅了する力を持っている。
 ボクらの魔法に近いのかな」

 ブロンドの髪が美しい女性がおずおずと立ち上がる。

 ジェット型のヘルメットのようなゴーグルが額から顎までを隠している。

 ゴーグルはつやつやと光を反射しており、鏡のようだ。

 衣服は普通のひらひらしたワンピースを着ているから、少し異様な感が否めない。

「あ、あの…私…。
 ロセーヌって…い、言います。
 えーっと、あの…極度の、き、緊張屋さん、なので…。
 顔は、で、できれば…このままで…。
 …よ、よろしくお願いします」

 ぽつぽつと、しかし一生懸命話している様子が伺えた。

「いや、いいんだよ、そのままで。
 ありがとう、ロセーヌ」

 

「最後にグイード」

 残る男が立ち上がる。

 すらっと背が高い。

 髪を長く伸ばし、サングラスをかけている。

 鼻と口は露出している。

 どことなくファッショナブルな印象を与えるスタイル。

「僕はグイード。
 男には謎がつきものだ。
 謎がなくなると魅力は半減するよ。
 ここにはレディがたくさんいるしね。
 そういうわけで完全な素顔は隠しておきたい。
 正直仕事をするのにも顔は隠れていた方が都合がいいからね。
 まあ、よろしく」

 

 結局、内心どうかはわからないが、表立ってエイスたちとの協力体制を拒む隊員はいないようだった。

 一応はレウメリオもホッとしたように見えた。











 Chapter 08-03. 迷い











 

 先日の集会から人が一人減っていた。

 いや、正確には二人なのだが一人はピエルである。

「リヒターが死んだわ」

 サザーナが抑揚のない声でそう口火を切った。

 声には出さないが、相当驚いている者もいる。

 それは雰囲気でわかった。

 リヒター・ディーグは殺し屋としては一流の腕だった。

 それはここにいる全員が認めるところだ。

 そのリヒターが失敗した。

 

 ピエルは魔力を向上させるために一時的に全権をサザーナに委任している。

 リヒターがフェリナスを消しに行ったのは先日全員で決めたこと。

 しかし予想外にユーベル・クライファースが分断されず、リヒターが自発的に鳥の新隊長レウメリオを消しにかかったのだ。

 そしてそれが失敗した。

 サザーナは葛藤していた。

 元々「アピスフラウ」に所属すること自体に疑念を抱いていた。

 そこにこの事件だ。

 責任を取って抜けるべきではないか。

 しかしそれはきっとピエルの意思には反する。

 

「どういうことなんだ」

 ブラッディオが苛々と聞いた。

「あなたも聞いているでしょう。
 リヒターはユーベル・クライファースの元隊長、フェリナス・スカーレインの抹殺に成功した。
 でもそれじゃ鳥は潰れなかった」

 サザーナが答える。

「じゃあなんだ。
 リヒターのヤツは、新隊長を殺りに行って返り討ちにあったってのか」

「そういうことよ」

 ブラッディオ以外はそのくらいの成り行きはわかっていたようだ。

 シシが口を開いた。

「で、どうするのだ、サザーナ。
 ピエル殿不在の今、キミに決定権があると聞いている」

「ええ。
 と言っても、所詮私はピエル様の代役よ。
 私の提案について聞いてもらおうと思うの」

 ふむ、と特に異論のある者はなさそうだ。

 サザーナは続けた。

「リヒターはユベレシカ内部に潜入していたわけじゃないわ。
 つまり、先日の鳥を瀕死に追いやった件、リヒターじゃないことくらい相手もわかっているはず。
 勿論フェリナス・スカーレイン抹殺に関しても、手を下したのは彼だったけれど、密告者なくして情報が漏れるはずがない。
 つまりリヒターがフェリナスを狙った裏に誰かがいることが筒抜けなわけね。
 もうユベレシカは私たちの存在には気づいている」

 ここでも異論はなさそうだ。

「リヒターを倒すほどの人物が率いるユーベル・クライファース。
 それにもしかすると聖騎士隊も加えて私たちのことを潰しにかかるわ。
 今ダミーとしてユベレシカ近くの砦に置いているブラッディオの部隊じゃきっとかなわない」

 ブラッディオがサザーナを睨んだ。

「言ってくれるじゃねぇか、姉ちゃん」

「アピスフラウ全体のことを考えた時、ブラッディオのダミー部隊だけで被害が終わるのが望ましい」

「おい、俺たちがやられると決め付けたその言い方。
 気に食わねぇ」

 ブラッディオの突っかかりをサザーナは流した。

「もう一つ方法はあるの。
 この時点でユーベル・クライファースとくっついてくる聖騎士隊を全滅させる。
 ただそれにはこちらもかなりの力を注がなくてはならない。
 私にはピエル様不在の状況でこの賭けへのゴーサインは出せないわ」

 

 サザーナが提示した二つの方法。

 これについてアピスフラウ幹部たちは真剣に検討した。

 ブラッディオが言った。

「俺たちがやる。
 最初に決めた通りだ。
 リヒターのヤツが殺られたからどうした。
 鳥も聖騎士隊も俺たちがみんな潰しゃそれで終わりだろうが。
 他のヤツらに手伝ってもらおうなんざ思ってねぇよ」

「じゃあ、ブラッディオのアニキ。
 一つだけ念押しさせてくれよ。
 仮にアンタが殺られる場合、仮に、だぜ。
 ココのことは匂わせない。
 当然助けも求めない」

 若い男が言った。

「バカにするな。
 それもこの前話した通りだ。
 助けなんか乞わねぇ」

「わかったわ」

 サザーナの一言で決定が下った。

 

 

 サザーナがわざわざ全幹部を集めた理由はもう一つあった。

 世界各地で発生している謎の生物大量出現事件。

「もう一つ聞いて欲しいの。
 みんな聞いてるとは思うし、実際見た者もいるでしょうけど。
 例の化け物発生事件のことね。
 ユベレシカ内部は私たちがあの化け物を放っていると思うかもしれないわ。
 それ自体は問題がないんだけど。
 ブラッディオ隊がやられたとして、そこをいくら漁っても何も出ては来ない」

 なるほどという顔で若い男が頷きながら答える。

「つまり、あらぬ誤解のせいでオレたち反乱分子本体への疑いを持ち続けられる。
 ブラッディオ隊がやられてもアピスフラウ捜索の手が緩まないかもしれない。
 確かにそいつは厄介だねぇ」

 次に沈黙を破ったのはネイファ。

「魔法」

「え?」

 サザーナが思わず聞き返した。

「あ、失礼。
 例の化け物騒動やジスカ壊滅事件が発生した頃から、世界である噂が流れ初めているわ。
 古代の魔法が復活した、と」

「それが今の話とどう関係している?」

 シシが尋ねる。

「仮にその噂が本当だとしたら?」

 ネイファが一同を見回して言った。

「どういうことじゃ」

 老人ベルゲルが更に問う。

「あの化け物事件もジスカ壊滅で話に上る化け物も、復活した魔法と関係がある。
 仮に特定の人間が魔力という力を手にしたのだとしたら…」

 全員が少し考えている様子だ。

 シシが口を開く。

「その人間を探し出して我らの仲間にする。
 つまり、本当に化け物を操っているのをアピスフラウにしてしまえばいい。
 そうすれば情報戦を混乱に巻き込むことも容易くなる」

「なるほど」

 サザーナとベルゲルがハモる。

「誰かがそれについて調査するべきじゃな。
 どちらにしても」

 ベルゲルが言う。

「そういう話なら先に言っておかないといけないことがあるわ」

 サザーナはネイファの現在の任務について一同に話した。

 ネイファは、サザーナが任務について知っているのはピエルから聞いたせいだろうと何の疑いも持たなかった。

 結局ネイファの調査が急かされる結果となった。

「情報戦に混乱を引き起こせない内にブラッディオ隊の砦が破られたら…。
 無駄死になるわ。
 粘ってね、ブラッディオ」











 Chapter 08-04. 思惑











 

 アメリアはジスカにいた。

 ガガールがやられたのはちょっと意外だったが、誰もいないジスカは思いのほか、居心地が良かったのだ。

 

 

 ああ、なんて気持ちがいいの。

 邪魔な人間が誰もいない世界。

 誰にも見られない。

 誰にも触られない。

 誰にも話しかけられない。

 夢のようだわ。

 ここにいるのは私一人なんだ。

 

 私にはこんなにすごい力があったのね。

 悪魔、魔法、魔物、召喚、破壊。

 素晴らしいわ。

 この調子で…。

 この調子でこの島以外の人間もいなくなった方がいいんだ。

 ここと同じように消してしまおう。

 全て消してしまおう。

 私にとって邪魔なモノは何もいらない。

 

 私の魔力はまだまだ増幅する。

 膨らんで膨らんで、世界を包み込む。

 私に従う魔物で溢れさせる方が楽しいかしら。

 私一人の方が楽しいかしら。

 でも、そうね。

 私に従う魔物がいた方が便利よね、やっぱり。

 どんどん召喚しなくっちゃ。

 世界に溢れるのは私に従う魔物なの。

 そう、瞬時契約はダメね。

 大きくて強い魔物が呼べてもすぐにいなくなっちゃう。

 邪魔なモノを消す時は便利だけど、やっぱり完全契約の方がいいわ。

 もっと魔力を増幅させて完全契約を結べる魔物を増やそうか。

 カワイイ魔物もいいけどね。

 ウフフ…。

 もっと大きい魔物や強い魔物も完全契約で召喚できた方がいいかも。

 それがいいわ。

 

 えぇっと…。

 何ヲ、するんだっけ…。

 そう、そうね。

 もっと魔力ヲ上げるのよ。

 えぇっと…。

 そうダ。

 手始めに…、世界全部に、魔物ヲ…。

 呼ぶんダ。

 召喚ヨ。

 

 

 壊れかけた少女は小さな魔方陣を地に描く。

 そして目を閉じると、ぼそぼそと何かを呟き始めた。

 

 

 

 こうして世界に「魔物」が召喚された。