Chapter 06. 代償
Chapter 06-01. 悲劇
あ…。
こんな…。
こんな馬鹿な!!
「うああああああああああああああああああああああっっ!!!」
眼前に広がる光景をレウメリオは信じたくなかった。
「姉さん!
姉さんっ!!」
姉は美しかった。
白い衣服に身を包み、愛用の白い防具は最低限に絞って着用されていた。
普段着として見てもおかしくない程度。
しかし今はその純白が真っ赤に染まっていた。
地面に仰向けになって倒れたフェリナスの腹部には剣が突き刺さったままだった。
深々と姉の身体を貫いており、そのまま地面に食い込んでいる。
「レウ…」
姉はまだ息がある!
だが…これは、、、助からない…。
素人目にもそれは確かだった。
虚ろな目を弟に向け、弱々しく右腕を上げようとするフェリナス。
「姉さん!
ボクだ、レウだよ、姉さん」
レウはまるで姉が腕を上げるのを妨げるようにサッと手を握った。
「ごめんね…」
レウは溢れる涙を拭うことができなかった。
いや、涙が流れていることにすら気づいていなかったのかもしれない。
「あと…お願い…」
「わかってる。
それはわかってる。
もうしゃべっちゃダメだ」
「イヤ。
最期にレウと話したいの…」
「…うん」
「黒……………い………」
ごふっとフェリナスが鮮血を吐いた。
レウは身じろぎもしない。
姉の左腕が、かがみこんでいたレウの頭を引き寄せた。
「黒い…?」
頭を肩の辺りに引き寄せられたレウは、姉の呼吸が弱くなるのを嫌でも感じざるを得なかった。
「姉さん…」
「も……、すこ…………し………。
こ、の……………ま…………」
姉の手から力が抜けた。
「う…。
うわああああ!!
イヤだ!姉さん…!!」
ハアハアとしばらく喘いでいたレウはやがて落ち着いた。
首にかかっていた左手をそっとほどき、握っていた右手も離した。
すっと立ち上がると刺さった剣を軽々と引き抜く。
まだぬくもりの残る姉の身体を抱き、剣はベルトに挟んで歩き出した。
その表情には感情がなく、恐ろしいばかりに引き締まっていた。
Chapter 06-02. 誤算
フェリナスの死は隠蔽された。
レウが望んだことでもある。
ごく一部の関係者の手で密葬された。
「レウメリオ。君がお姉さんの後を継ぐんだ。
頼んだぞ」
ユベレシカ王は涙を流していた。
言葉少なだったが、姉の死を本当に悼んでいるのだとわかった。
意外だったのは他に本当に悲しんでいる者がいないように感じたことだ。
「フェリナスが殺られるなんて信じられねぇ…」
次兄ムルフェイド。
驚きはしていたが、悲しんでいるようには見えなかった。
彼はレウには声をかけずに葬儀の場を後にする。
レウはその、呆然とした驚きように違和感を感じた。
「どうしてこんなことに…」
長兄クロト。
彼が悲しがっているように見えない、と思ったのはきっとレウだけだっただろう。
それほど表面上、クロトは悲しんでいるように見えたのだ。
「レウメリオ。
クライファースはお前が継ぐんだそうだな。
大丈夫なのか?」
「はい。
ボクが…姉さんの意思を継ぎます」
「そうか。がんばれ」
ぽんと胸を叩いてクロトは去っていった。
レウの中に冷たい風が吹きぬけたように感じた。
「集まってもらったのは他でもない。
ボクが姉フェリナスの代わりに今後、鳥を束ねる」
無理やり集めた11人の反応は様々だった。
欠席者はいないが、顔を隠している者は多い。
本来極秘任務のための部隊だ。
隊員同士が互いを知らない方が都合が良いこともある。
それを皆わかっている。
一人が言った。
「それを言うために全員集めたのかい?」
「そうだよ」
別の一人が言う。
「笑わせるな、ひよっこ。
お前のような若造に何ができる」
「そう言ってもらうために集めたんだ」
「何だと?」
「姉は、少なくとも万人が認める強さを持っていた。
だからこの特別隊を率いた。
だが、ボクはそうじゃない。
だから隊長として君たちに認めさせるために集めたんだ」
「あ?
どういうことだ?」
「まだわからないのか?
文句があるヤツはかかってこいって言ってるんだ」
一番食ってかかっている男が、くくくっ、と笑う。
男の剣の切っ先がレウの額に触れる寸前。
レウは全く動じていない。
「ほう。とろいのか、肝だけは座ってるのか」
「ボクは言いたいことは言った。
認めた者は今日は去ってもらって結構だよ。
実力を確かめたい者だけついてこい」
男が剣を腰の鞘に収める。
言葉尻からレウに歯向かった二人と装束やヴェールに身を包んだ二人。
合わせて四人がついてきた。
会議室の隣の広いホールは通常剣の練習場やその他様々な用途で使われていた。
今日はこの時間だけレウが人を入れないように頼んでおいたのだ。
「さあ。
全員一緒でもいいよ。
かかってこい」
「おもしれえ!」
「試してみようじゃないか!」
姿を隠していない二人だけがレウに立ち向かった。
残りの二人は、一応見ておこう、といった程度らしい。
残りの七人は戦わずして大体わかった、というところか。
レウは結局一度も剣を抜かなかった。
ほぼその場から動かずに二人の攻撃を巧みにかわす。
最初は面白半分だった男たちも次第に顔色が変わってきた。
「ちくしょう!
なんでこんな若造が…」
「強いな、君は確かに…。
オーケー。私は君を理解した。
今後は君に従うよ」
結局初めから一番敵意を見せていた男だけが、レウに斬りかかっている。
「おい!若造!
少しは攻撃して来い!」
「そういう趣味かい?」
と、言って、微笑を浮かべた。
次に男が斬りつけてきた時、レウは足を引っ掛けた。
「うぁっ!」
いとも簡単に男が床に倒れる。
倒れた顔のすぐ横に「ズガン」と激しい音を立てて、鞘から抜いていない剣が床にめりこんだ。
男は完全にレウを頭と認めていたのだった。
Chapter 06-03. 敵討ち
「お前か」
「ああ」
「死ぬ寸前の姉にすがりついてた坊ちゃんめ」
「後ろにお前がいたのはわかってたよ。
姉さんの身体からコレが抜けなかったんだろ?」
レウは黒い剣を放り投げた。
からからと音を立てて剣が転がる。
「しぶとくてね。あの女」
「姉さんのおかげでお前をおびき出すことができたよ」
「おびき出す?
笑わせるな!
オレは忘れ物を取りに来た、それだけだ」
リヒターは転がったのとは別の黒い剣を構えた。
辺りは真っ暗。
今は真夜中だった。
宮殿の戦闘訓練場の、ここは屋根の上だった。
レウが姉から抜いた剣をここに刺しておいたのだ。
姉を殺した犯人が必ず取りに来ると踏んで。
予想通りすぐにコイツが現れた。
レウが待っていることを知っていて来たのだとしても、それは好都合だった。
「なぜあの時ボクを斬らなかったか。
それはお前が姉だけを殺すように命じられていたからだ」
「くく。
知ったような口を聞きやがって。
だが残念ながら、オレは一人者だ」
「本当にそうかな?
あの時期姉を狙ったのが単独犯であるはずがない。
お前は暗殺者だ。
だからあの時ボクを殺す判断が出来なかった。
そしてお前がここに来たのは剣を取りに来たからじゃない。
落ちるはずだった鳥の群れを復活させた誤算となったボクを殺しに来たんだ」
「見事な名推理だな、坊や。
まあいい。
お前はどうせここで死ぬ。
あながちお前の言ったことは間違っちゃいないぜ。
こうしてオレと剣を交える機会を作っただけでも褒めてやるぜ」
「ふ。
べらべらしゃべってくれて助かるよ。
やっぱり存在したんだな、反乱分子の大規模組織が…。
話は終わりだ。来い!!」
レウも腰の剣をゆっくりと抜いた。
姉さん。
…姉さん。
…強かった姉さん。
…美しかった姉さん。
…誰からも好かれていた姉さん。
ボクを理解してくれた世界でたった一人のかけがえのない人。
許さないよ。
アイツだけは。
ボクの手で消す。
姉さん、見ててくれ。
冷静だった。
冷静な怒りを目に秘める。
肩が熱い。
燃えるように熱い。
姉への感情を高めれば高めるほど、見えない力が湧き出してくる。
レウメリオの身体は眩しいほどに光っていた。
勝負は一瞬だった。
リヒターが恐るべき速さでレウの頭上に現れた。
スッと黒い剣が、レウの頭めがけて寸分の狂いもなく振り下ろされる。
両手で構えた剣で黒い剣を下から受け止める。
瞬間、リヒターの左手が脇差を抜き、レウの顔めがけて突き出された。
勝った!
リヒターがそう思った時、彼の身体は黒い剣ごと真っ二つになっていた。
黄色く輝いた光はリヒターの身体を消し炭のように黒く焦がしていた。
「サリアン」
「あー?なんだい?」
ユーベル・クライファースの全員会議でレウに突っかかった男。
名をサリアンと言った。
これは偽名でもなんでもなかった。
「姉さんが殺された日、姉さんと会う約束をしていたのは君か?」
「ああ、いかにも。
時間にきっちりした人なのに来ねぇから、何かあったな、って思ったよ」
「そうか。
君は姉の恋人だったの?」
「とんでもねぇ!
オレよりも強くて、おっかねぇのに。
とびきりの美人だったのは認めるけどな」
二人は打ち解けていた。
レウとサリアン。
敵を討った翌日、レウはサリアンを呼び出していた。
「じゃあ、あの日は何の話をする予定だったんだい?」
「ああ、実はな。
…。
いや、やめとこう。
もう終わったことなんだ」
レウは気にならないことはなかったが、それ以上は聞かなかった。
あの日…。
サリアンは、朝一度フェリナスと会っていた。
「話があるの」
「なんでぇ、改まって」
「弟のことよ」
「あんた、弟なんていたのか」
「あら、有名でしょ。
スカーレイン4兄弟って。
その末っ子のことよ」
「ああ、あの弱虫坊ちゃんって噂の…」
そこで言葉が止まったのは、フェリナスの視線が鋭く睨みつけていたからだ。
またあとで話しましょう、とそこで話は途切れた。
あのあと、フェリナスが来ていたら。
きっと彼女はこう言いたかったんじゃないだろうか。
「弟がユーベル・クライファースを継ぐことになったら…。
あんまりいじめないでね。
弟の力になってあげて。サリアン」
ってね。
ユベレシカの女神はこうなることを予感していた。
照れくさくて言えずに後回し。
それがあの日の「重要な会議」の真相だとサリアンにはわかっていた。