Chapter 05. 第二の大国
Chapter 05-01. 閉鎖
閉国。
ユベレシカに次ぐ国土を持つ国、ジスカ。
ジスカはこの数百年、閉じていた。
特にユベレシカとの交流は少なく、国交はない。
ジスカ側が一方的に外交を遮断している。
そのためジスカは一般的に、文明が遅れた国と思われている。
事実、国民は豊かだったが、暮らしそのものは昔ながらのものだ。
第二の大国、と言ってもユベレシカ大陸の圧倒的な国土とは比較にならない。
ジスカは、ユベレシカ大陸の東側に位置し、北に大火山を擁するボルカ島。
南には小さな島々が諸島を形成し、そこにはダル=ディポという地域がある。
東側にはグリシア国があるが、隔てる海が大きい。
どちらかというと、グリシアはユベレシカを挟んだ向かいにあるという概念が一般的だということからも、ジスカの東は海、というイメージが強いことがわかる。
ジスカは昔、ユベレシカの自分勝手な交易に嫌気が差した。
それに端を発し、国を閉じている。
海との接点の多くが崖になっており、東西の港から出入国する以外は困難な経路となる。
そのため、両港の出入国管理さえしっかり行えば、諸外国との交流制限が出来る。
両港は東西がそれぞれ、シスリスポートとセスティアポートと呼ばれている。
必要最低限の物資の輸出入は行っているが、これは厳重な警備と管理の下、行われている。
もっと厳重に行っているのが人間の管理だ。
特に、ジスカの内政について詳しい人間を外に出すわけには行かない。
閉鎖状態を崩壊させる情報を漏らされるからである。
食料が足りない、衣服が足りない、と。
ユベレシカは確かに過去、世界を一つの国にしようとしていた時代があり、当時の外政はひどかった。
現在はそのようなことはないのだが、ジスカとしてはもうユベレシカに頼るつもりなど毛頭なかったのも仕方がないことかもしれない。
しかし一国を司る人間のこの判断は正しくなかったのかもしれない。
魔力の光が世界に散ったわずか1ヵ月後、ジスカは滅ぶことになったのだから。
Chapter 05-02. 生存者
ジスカは自国を「帝国」と称していた。
過去の過ちにより、ユベレシカを信用しなくなっていたジスカの政治。
しかし、ジスカは自国の統制こそがこの世界に必要だと信じていた。
いずれはジスカが世界を統一し、平和な世を作る。
ジスカは二つの港の他には、国の中心となる都市があるだけだ。
ジスカ中央都市・アクシジール。
ユベレシカには及ばないとしても、十分な賑わいがあった。
都市中央に聳え立つ美しい宮殿。
いずれは世界をこの手に、と考えているジスカが唯一保持する軍事力は全て、「ジスカ帝国軍」という部隊で統括される。
ジスカが世界を統一するために、やはりどうしても血は流れる。
戦争をしようとは考えていないが、武力を整える必要はあるだろう。
ジスカ帝国軍には実力者が多かった。
セルツ・ソルディールと呼ばれる三人の剣士。
三剣士とは別に赤髪の戦鬼、という剣士も実力が計り知れない。
ジスカ一の大男は両手に一つずつ斧を持つ剛腕戦士だ。
ジスカに住まう者は幼い頃からユベレシカとの歴史を教えられる。
そしていつかはジスカが世界を統一することが、世界の平和に繋がると。
彼らも例外ではなかった。
しかし、ジスカに異変が起き始めた。
赤髪の戦鬼。
そう呼ばれる若い剣士が突然消息を絶った。
ジスカ全土に知り渡ったこの事件は、様々な噂を生んだが、全て憶測の域を出ず、結局真相はわからずじまいとなった。
「どう思う?」
「さっぱり。
なんで姿を消したのか。
どうやって姿を消したのか。
どうして今なのか。
何一つわからない」
「バルキトの奴と関連はあると思うか?」
「いや、ないだろうな」
行方不明の赤髪について話していたのはセルツ・ソルディールと呼ばれる三人の剣士だった。
年長者で荒々しさのある男、バルマン。
落ち着きのある美女、ロージェ。
がっしりとした体格で考え深げに座っているのが、ゼルファ。
バルキトというのは、例のジスカ一の大男のことだが、ここにはいない。
「お主らはさっきから何も言わんが、思うところがあるんだろう?」
先ほどから話の主導権を握っているバルマンが言う。
いや、主導権を握っているというより、一人でまくし立てている、と言った方が正確かもしれない。
ロージェが口を開いた。
「やっぱり彼はジスカを出たんじゃないかしら?」
む…、とバルマンも押し黙る。
「理由はわからないけど、彼はもうジスカにはいない。
私はそんな気がするの」
「お前はどうだ?」
バルマンがゼルファにも意見を求める。
これまでバルマンの問いにも最低限の言葉で答えていたゼルファが話し出す。
「うーん…。
正直わからないってのが僕の感想だよ。
赤髪。何度か剣を交えたけど、彼は強かった。
もしかしたらジスカの剣士にはもう目を向けていなかったのかもしれない。
もっと腕を上げるためには、確かにジスカにじっとしているべきじゃないのかもしれないしね。
ただ、とりあえずは無事でいてほしいな」
はぁ、とバルマンはため息を漏らした。
「全く相変わらずだな、お主は。
どうして国を裏切るような男の心配が出来るのか、全くわからん!」
「まぁ、そこがゼルファの良さでもあるのよ」
「ところで」
ゼルファが続ける。
「キミたちはこの数日、何か奇妙な感じがしないかい?」
「奇妙な感じ?」
「いや、僕もなんと言っていいかわからないんだけど。
なんかすごく不吉な予感というか、感覚が頭から離れないんだ。
突然身体が震えだす気すらする」
「どうしちゃったの?ゼルファ」
「ホントに。具合でも悪いんじゃないのか?」
バルマンとロージェは真剣にゼルファの心配をして、顔を眺めた。
なんだってんだ!
逃げやがって。
赤髪の野郎…。
決着のつかねぇまま姿をくらましやがるとは。
バルキトは酒を飲んでいた。
赤髪とはライバル、と思われており、それは自分も認めていた。
しかし突然の報告。
赤髪の方が実力が上なのはわかっていた。
完全に負けだとわかっているのだが、次こそは次こそは、と戦いを挑んでいた。
勝ち逃げされた気分というのは良いものではない。
泥酔していた。
そうでなくても結果は変わらなかっただろうか。
帰路に着くバルキトの前に、ふとぼんやり何かが見え始めた。
「!!
てめえは…!
あ…か…」
殴りかかることすら出来ずにバルキトはその場に倒れた。
その身体は、既に原型を留めぬほどに切り刻まれていた…。
Chapter 05-03. 欲望
ジスカは平和だった。
それなのにどうして突然…。
赤髪の剣士が消え、バルキトは殺された。
帝国軍の主力として知られる五人のうちの二人だ。
残るはセルツ・ソルディールだけになってしまった。
どういうことだ。
ジスカ国民は今、皆がそう思っていた。
ユベレシカとは決して仲が良いとは思っていないが、こんなことをされるほど憎まれる覚えもない。
まったく何も思い当たらないのだ。
それとも突然ジスカにいかれた殺人鬼が現れたとでもいうのか。
ジスカは今国全体が困惑していた。
ただ一人を除いて。
くす。
少女はささやかに微笑んだ。
まだあどけない少女。
おとなしく目立たない色の白い少女。
名をアメリアという。
ジスカ帝国学校は6歳から20歳までの10数年を過ごす場所だ。
武力に長ける者は帝国軍に配属される。
知力に長ける者は帝国政界に足を踏み入れることになる。
アメリアはそのどちらでもなかった。
8割はアメリア同様、文武に才を見出されず、国の歯車となる。
とはいえ、一般的な仕事をして暮らす国民となるだけであって、労働の酷使が待つわけでもない。
誰にとってもそう不幸を押し売りする国ではないのだ。
しかしアメリアは幸せとは言い難かった。
勉強も運動もそう得意でないのは別に良かった。
元来の控えめな性格のせいで友達が少ないのだ。
それも特に苦痛ではないのだが。
問題なのは、彼女を友達とも思わず、かといって放っておいてもくれないタイプの人間たち。
つまり、アメリアはいじめられているのだ。
男の子たちはからかいはしてもそれで終わるからまだいい。
たちが悪いのは女だ。
ねちねちと絡んできては、時には荷物を担がされ、時には無意味に暴力を振るわれる。
おとなしいアメリアは抵抗できずに、傷ついていくことしかできなかったのだ。
そんなある日。
アメリアは自宅の寝室で本を読んでいた。
ハッと気づくと部屋には異様な雰囲気が漂っている。
いや、雰囲気ではない。
目の前に光があった。
うすぼんやりとした紫色の光は、徐々にその形を明確にしていった。
シュッと光が小さくまとまった。
呆然としていたアメリアに、その紫色の光の玉は溶け込んできたのだった。
次の日から何もかもが変わった。
何か、自分の中に湧き出してくる大きな力があるのを感じる。
得体が知れない力に、初めは戸惑った。
だが元々自殺を考えるほど思い詰めたりもしていたこの生活。
失うものは何もない。
開き直ると、その巨大な力をもっと近くに感じるようになった。
光の力との一体感は日に日に増した。
自分の身体から薄ぼんやりと光が発せられることもある。
肩に浮き出した紋章のような宝石のような突起が光ることもある。
アメリアの感情の揺れに、それはシンクロしているように思えた。
少しずつ力の正体もわかってきた。
私は魔女として生まれ変わったのだ。
「アーメーリーア!」
と言って、ぽんと肩を叩かれた。
アメリアは冷たい目で振り向き、
「何?」
と、答える。
「何、じゃないわよ。
今日ちょっと荷物が重くてさー。
帰り、持っていってくれるでしょ?」
アメリアの口に、ふっ、と笑みが浮かぶ。
「は?何笑ってんの、アンタ。
もしかして、イヤだ、とか言わないわよね」
くすくす。
「いいわ。
貴女で試してあげる」
「何それ?
まあいいわ。
荷物持ってってくれるんでしょ。
あそこに置いてあるの。
よろしくね!」
ジスカではここ数十年「事件」と呼ぶほどのことは起こっていない。
従って警察などない。
一応その代わりを務める「ガード」と呼ばれる部隊が、帝国軍の中に組織されていた。
その「ガード」が何年かぶりに出動を要請されたのだ。
しかし「ガード」は何の役にも立たなかった。
道端に倒れていた少女は、ぼろくずのように燃えカスと化していたからだ。
身元を知ることすら容易でないと思われたが、幸い、近くに落ちていた荷物から身元は割れた。
帝国学校に通う少女だったが、それ以上何もわからなかった。
彼女と共に学校に通う友人たちはわけもわからず、泣いたりしていたが、結局彼女を殺害した犯人はわからなかったのだ。
あまりにあっけなかった。
あっけなすぎてつまらなかった。
彼女は全く抵抗できずに炎に包まれて死んでいった。
これじゃあ私の魔法の実験台にもなりゃしない…。
役立たずね。
次はもう少し強そうなのにしなくちゃ。
そして数日後、彼女は深夜に泥酔した大男を発見したのだ。
「ちょっと酔っ払ってるけど、まあいいわ」
アメリアは彼に近づくと、彼の中に根付く欲望の中から一人の男の姿を発見した。
赤い髪の男。
そのイメージを具現化し、大男に放ってみたところ、具現化されたイメージの男は一瞬で大男を切り刻み、用を終えると消えてしまった。
アメリアは、人の欲望から悪夢を生み出す能力が得意なのだと自覚した。
アメリアは学校には行かなくなった。
魔法についての文献を読みには時々行ったが。
とにかく自分に宿った力について、少しでも詳しい理解をして、使いこなそうと思ったのだ。
そのうちに、アメリアは憎い人間を様々な魔法で葬り去っていった。
Chapter 05-04. 殺人鬼
ジスカの殺人鬼。
そう銘打たれた犯人はアメリアであった。
何せアメリアとゆかりのある人間ばかりが死んでいったのだ。
その数20人。
しかし犯人は捕まらなかった。
「ガード」が無能なのではなかった。
たった数日のうちに20人もの人間が不可解な死を遂げた時、捜査が追いつくよりも早く次の事件が起きたのだ。
そして20人が殺害された直後の事件はジスカ国民を震撼させた。
突然現れた山のように大きな化け物が帝国学園を踏み潰し、周囲を破壊し尽くしたのだ。
それはアメリアが放った召喚魔法だった。
その事件のおかげでジスカは大混乱となり、犯人捜しどころではなくなった。
アメリアはそこまで見通していた。
学校の成績は良くなかったが、頭が悪いわけではなかったのだ。
アメリアは人間全てが憎かった。
学園生活で積もりに積もったストレスは全人間消滅への欲望で満たされていた。
「まずはジスカを全滅させてやるわ」
たった一人の少女から無限の魔力が発せられるかのごとく、大気は震えていた。
対して、ジスカ帝国軍が立ち上がった。
帝国学校を破壊した謎の化け物は暴れるだけ暴れて突如消えた。
しかし、またいつ現れるともわからないのだ。
セルツ・ソルディールを含む軍全体が臨戦態勢を整えた。
「くそ…。
なんでこんなことになったんだ!」
「落ち着け、バルマン。
僕だって悔しいし、悲しい。
だからこそ、もうこんなことが起きないようにするんだ!」
「でも、バルマン、ゼルファ。
あんな化け物相手じゃさすがに剣は効かないんじゃない…?」
確かにそうだ。
それは三人ともわかっている。
三人に限らず、あの化け物は山のように巨大で、かなりの長時間暴れていたため、見ていない者はほとんどいなかった。
その全ての人間が「あんな化け物どうすることもできない」と思っていたに違いない。
「落ち着いてよく考えよう。
何かある。
あんな正体不明の化け物が意味もなく現れるわけがない。
何かカラクリがあるはずだ…」
「ねえ。
あの化け物、どこから沸いて出たのかしら。
そしてどこへ消えたの?」
「想像もつかんが…。
もしや、何らかの出入り口でもあるというのか?」
「その可能性は0じゃないだろう」
「最初に化け物が現れたであろう場所に行ってみるか」
三人はすぐに無残な廃墟と化した、帝国学校跡へ向かった。
そこにはおぞましい光景が広がっていた。
踏み潰された人。
もう既に人間のあるべき形を取りとめていない骸も多い。
そこらじゅうに腕や足が転がっていて、景色は赤い。
まさに「血の海」だ。
三人は凍ったようにその信じられない景色を見ていた。
しばらく立ち尽くし、何も言えなかった。
「ぁ…、あ…」
「おい、ロージェ、大丈夫か!」
「ゼルファ…もういや…。
こんな、こんな…」
ふらふらとよろけたロージェをゼルファが支えた。
「バルマン。
ロージェを連れて帰ってくれ。
僕はもう少しこの辺を調べていく」
「わ、わかった。
正直私も気分が優れない」
この時の選択がセルツ・ソルディールの運命を隔てることになろうとは。
ゼルファは気持ちが悪くて、戻しそうになるのをこらえていた。
少し探索を続けるうちに、我慢の限界を簡単に通り越す。
一頻り嘔吐し終え、いくらかすっきりした。
この景色を見ていたら、何度でも同じことになりそうだ。
探索する場所を少し変えよう。
血の海から少し離れて、周囲を歩いてみる。
ゼルファがそれを発見したのは全くの偶然だった。
帝国学園の裏手に位置する広場の一角に足を踏み入れたところにそれはあった。
「これは…」
そこには、地面に見たこともない紋が丸く描かれていた。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
一方、こちらは帝国軍本部。
ロージェを抱えたバルマンがようやく本部にたどり着いていた。
本部といってもジスカの宮殿の一部だ。
「ええ。なんとか」
連れ戻されて、少し横になったロージェはいくらかマシな状態になっていた。
「ジスカは終わりかしら…」
呟きはバルマンの耳に届いた。
「くそ…ジスカは私の全てなんだ…。
終わらせてたまるかっ!」
その時、地響きがした。
ズーーーン、…ズーーーン、…。
「なにっ!?」
慌てて二人が表に飛び出る。
「!!」
残った帝国軍兵も、ジスカの王や側近などもそこにはいた。
言葉にならない驚愕の表情。
全員、真上を見上げるようにしている。
それほど「化け物」は大きかった。
薄く紫色をした大きな身体。
ちょこんと乗った小さな頭。
なんて恐ろしい顔をしているんだろう。
身体に比べて異様に太い二本の腕。
足は四本ある。
「牛頭人身」という言葉が頭をよぎったものもいるだろう。
帝国学校を破壊したのとは別の化け物だった。
あれよりはいくらか小さい。
とはいえ、優に20メートルはあるだろう。
そこにいた誰にも、化け物が宮殿を破壊するのを止めることはできなかった。
誰もがしばらく呆然として、その破壊行為を見つめていた。
崩れた建造物の断片に誰かが潰され、みな慌てて逃げ出す。
地獄絵図だった。
軍がなんだ。
何の役にも立たないじゃないか。
ロージェはそう思うと、頬を伝う涙に気づかずに走っていた。
宮殿は完全に崩壊した。
化け物はそこにいた人間をことごとく踏み潰していた。
バルマンは王を守ろうとして絶命した。
残存兵も数えるほど。
宮殿に留まらず、ジスカ中心都市は、アメリアが召喚した複数の悪魔によって崩壊の一途を辿っていた。
少し疲れたわ。
7体。
これだけ色々な悪魔と瞬時契約を結べば当然か。
魔法は体力を必要とするが、それ以上に精神力を要する。
その点、元々体力には自信がないアメリアは精神力が桁外れていた。
さすがに7体もの悪魔を暴れさせ続けたら、精神力が尽きる。
都市はほぼ全壊した。
今日はこのくらいでいいわ。
7つの魔方陣に7体の悪魔がそれぞれ戻っていった。
ちょっと張り切りすぎたわね。
でもユベレシカを潰す時はもっと必要かしら…。
アメリアは崩壊した宮殿の中から天蓋付のベッドを見つけていた。
ちょっと壊れかけているけど。
そこへ潜り込むとすやすやと寝息を立て始めた。
その前に「残った人間を殺してきてね」と、また召喚を行っていた…。
召喚されたのは人間と同じくらいの大きさの悪魔だった。
先ほど都市を潰した時に召喚した悪魔は、瞬時契約と言って、自分の魔力を食わせ一時的に、自らの欲望を叶えてくれただけだ。
しかしこの悪魔は違った。
アメリアの魔力に服従を誓った完全契約が成立している。
従って、召喚さえしてしまえばあとはアメリアの指示通りの範囲内で、自由に自分の意志によって行動する。
手が禍々しい羽を象ったこの悪魔はガガールという。
ガガールは、ジスカを徘徊し、生き残った人間を見つけると容赦無く、襲い掛かっていった。
Chapter 05-05. 消滅
ゼルファは宮殿付近に数体の化け物が現れたのを見ていた。
幸い帝国学校付近には現れなかったため、命の危機には晒されなかったのだ。
国民の居住区域にも現れた化け物から、人々を救うために奔走していた。
しかし結局自分の無力さを痛感させられただけだった。
駆けつけた時には、もう化け物は消えており、居住区に生存者は見られなかった。
「…僕は…。
……僕はなんて無力なんだ」
いや、落ち込んでいる場合じゃない。
他の地域には生き残っている人がいるかもしれない。
生存者を探すんだ。
ゼルファは重い足取りでふらふらと宮殿があった方へと足を向けた。
…そして、よろよろと歩いているロージェの姿を見つけた。
私…。
私は…、何?
「ロージェ!」
ロージェ…?
ああ、私のことかしら。
でもいいの。
もういいの。
何もかもどうでもいいの。
みんなみんな壊れてしまったの。
「ロージェ!」
誰?
アナタは誰なの?
…なんだか懐かしいわ。
この人のことを、私は知っている気がする。
あ…。
でも、よくわからない。
思い出せないの。
ロージェ!
駄目だ…。
完全に心が壊れている。
歩いてきたロージェを見て喜んだのも束の間。
彼女の目は虚ろで、焦点は定まらない。
手をだらんと垂れ下げて、ゾンビのごとく歩いている。
身体は傷だらけだ。
衣服も防具もぼろぼろ。
よく生きていたものだ。
それだけでも良しとしなければいけないのかもしれない。
しかし、これではあまりにも…。
ゼルファは心を失ったロージェをしっかり抱きしめた。
「逃げよう」
彼女が自分の言うことを理解しているとは思えなかったが、声をかけた。
自分に言い聞かせたのかもしれない。
ゼルファはロージェをおぶって歩き出した。
長い時間が過ぎたように思えた。
崩壊した宮殿の周りを一周するように居住区域を一通り歩いてみた。
生存者はゼルファとロージェの他に三人見つけることができた。
たったの三人。
百万人近くは人が住んでいたであろうジスカ中央都市・アクシジール。
その生き残りが僅か五人だっていうのか…。
三人のうち、一人は帝国軍の残存兵で宮殿が崩壊した瓦礫の下敷きになっていた。
瓦礫の隙間に身体がすっぽり入ったため、死を免れたのだ。
残る二人は一般住民だ。
破壊された全居住区は帝国学校のごとく血の海と化しており、ひどい状態だった。
二人は男性と女性で、女性の方はなんとか正常な精神を保っていた。
男性はロージェと同じように呆然としたような状態が続いている。
声をかけても反応がない。
悲しみに暮れる生存者たちだったが、いつまでもここにはいられない。
ゼルファが意を決した。
ゼルファはロージェを連れて、セスティアポートからユベレシカへ渡る。
残存帝国兵の彼に、男女を連れてシスリスポートに向かうよう指示した。
崩れた街の探索中に発見した台車が一台あったので、男性はそれに乗せていけば港まで運べるであろう。
女性は自力で歩けそうだ。
兵士と女性はゼルファの指示を快諾した。
三人はグリシアへ渡ることになる。
両港の人間たちにも避難勧告を出す必要がある。
またいつ化け物が現れるかわからない状態、全員疲れきっているのはわかっているが、危険なのもわかっている。
一息ついて早速出発しようということになった。
そこに招かれざる客が姿を現したのだ。
ガガールだった。
「見つけた」
ガガールが言った。
「なんだコイツ。喋ったぞ!」
ガガールがキキッと引き攣るように気味悪く笑った。
「お前らで最後だ」
「なんだと?」
ゼルファが一歩前に出る。
そして兵士に向かって
「ロージェたちを守ってくれ。頼む」
「わかりました」
「守るぅ?
キキキッ!
面白いこと言うじゃねえか、このクズ」
「お前がジスカを破壊したのか?」
「オレが?
ギャハハハ!
冥土の土産に教えてやろう。
オレやあのでかい悪魔を操ったのはお前たちと同じ人間だ」
「なんだと!?」
「アメリア様。
オレが忠誠を誓った人間だ。
オレは生き残りを全滅させるために召喚されたんだ!
お前らが最後ってわけ。
キキ」
ゼルファが少し俯く。
「許さない。
お前ら、絶対許さないぞ。
僕の全てを賭けて、ジスカをこんな風にしたヤツは倒してやる!!」
「アメリア様を倒す?
キキキ!
お前にあのでかい悪魔たちを倒せるもんか。
その前にお前はオレに殺されちまうけどな~。
ギャハハ」
ゼルファが剣を抜く。
「僕も、お前の冥土の土産に教えてやるよ。
僕はジスカ帝国軍、セルツ・ソルディールのゼルファだ!
覚悟しろ!!」
ガガールが大きな羽根を広げて構えた。
バサッと羽ばたいて、空へと浮かび上がるとゼルファに向かって急降下してきた。
ゼルファが剣を構えて、足の鉤爪の攻撃を防ごうとするが、両足同時には防げなかった。
左肩をえぐられる。
その拍子に衣服が破れ、肩がむき出しになった。
「ん?…それは…」
ガガールが驚いたような表情になる。
ゼルファが剣を構えなおす。
彼はかつて見せたことの無い気迫を込めて、剣を握りなおした。
ヴン、とゼルファの左肩が光を放ち始めた。
「お前まさか…それは…」
ガガールが戸惑っている。
ゼルファはガガールに向かっていくと、凄まじい速さで一閃した。
その剣は白い光を帯びていた。
次の瞬間、ガガールは真っ二つになっていた。
「ギ…。
お前が…白の…」
ごぶっ、と血を吐き、ガガールは息絶えたのだった。
はあはあ…。
とりあえずは良かった。
僕たちだけでも生き延びて、ユベレシカとグリシアに伝えなくちゃいけない。
兵士と女性が駆け寄って来る。
「ゼルファさん!」
「大丈夫。
それより、早く行こう。
いつまた何が出るか…。
何が起こるか予想がつかないよ。
ここは危険だ」
ゼルファは左肩の応急処置だけ女性にしてもらって、すぐに出発することにした。
ゼルファは、兵士と女性とそれぞれに握手をした。
「お互いの無事を祈ろう」
こうしてジスカは壊滅。
アクシジールの生存者はたったの五名。
シスリスポートとセスティアポートの人間たちも無事避難することができた。
第二大国の最期だった。