Grim Saga Project

 Chapter 02. 暁の騎士

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 Chapter 02-01. 弱虫











 ユーベル聖騎士隊。

 現在総勢千人以上にも昇るというユベレシカ随一の戦闘部隊だ。

 ユベレシカ創設当初に発足したユーベル聖剣士隊に端を発した守護隊である。

 

 レウメリオ・スカーレイン。

 スカーレイン一家はユベレシカ創設の時代からユーベル一族を守る戦士としてその名を馳せた。

 現在も四人の若き兄弟は全員がユーベル聖騎士隊に所属している。

 レウメリオはその末っ子だった。

 兄二人と姉。

 それぞれ類稀な戦闘技術を培い、隊でも優秀な成績を収めている。

 レウメリオ以外は。

 ユーベル聖騎士隊への入隊も自らが希望したものではない。

 むしろレウメリオは隊になんて入りたくなかった。

 通常、入隊には困難な戦闘試験がある。

 入隊希望者の八割はこの試験で篩い落とされるのだ。

 しかしレウメリオは、スカーレインの血を引いており、兄と姉が優秀であることを高く評価され、特別入隊が許された。

 

 

 長兄クロト。

 純粋な剣士であり、その実力は未知数とも言われる。

 人望に厚く、非の打ち所がない。

 聖騎士隊の現副隊長。

 

 次兄ムルフェイド。

 狡猾。

 万能の兄に何一つ敵わないところに、その性格の一要因がある。

 特殊な形状の剣を使うことを得意とする。

 隊ではのし上がろうとしていないこともあり、一般兵。

 

 長女フェリナス。

 女神の生まれ変わりと謳われる。

 その美貌と実力は他に類を見ない。

 妖精の剣と呼ばれる長く細身の剣を振るう。

 レウメリオが一番信頼しているのがフェリナス。

 フェリナスも仕方なしに戦うが、その実、平和主義者である。

 ユーベル聖騎士隊・特別隊隊長の座を任されている。

 

 

 レウメリオは、スカーレイン家の末裔として期待された。

 しかしそれは期待外れだった。

 レウメリオ自身に隊の一員としての自覚が希薄だったためだ。

 一番の理解者フェリナスが自隊にレウメリオを迎えていた。

 雑兵として、かろうじて隊に所属する形だった。

 フェリナスが率いる特別隊というのは、ユーベル聖騎士隊で唯一、少数精鋭型で構成された戦闘を専門にしない部隊である。

 調査や密使など、国が隠密に行使する任務を多く請け負う。

 ユーベル・クライファース。

 『ユベレシカの秘密鳥』という意味を持つ、フェリナスが率いる部隊名だ。

 構成員を『鳥』と呼ぶこともある。

 クライファースはフェリナスが選定及び構成を行って作られた。

 戦闘重視の部隊ではないため、比較的少人数。

 フェリナスを含めて十二名。

 レウメリオは十三番目の使徒としてクライファースに入隊したことになる。

 

「姉さん。どうして」

「今はここにいた方がいいわ」

「どういう意味だい?」

「…近々何かが起こるわ。きっと。何かとてつもないことが…」

 さっぱり要領を得ない。

 ユベレシカの聖騎士隊宿舎、その一室、フェリナスの部屋。

 レウメリオは聖騎士隊から追い出されようとしていた自分をクライファースの一員に抜擢した姉に、その理由を問いただしに来ていた。

 追い出されてしまいたかったのに。

 フェリナスは言葉を繋いだ。

「わかってる。レウの気持ちはわかってるのよ、勿論。
 レウだって私が好んで戦うことがないことくらい知ってるでしょ?」

「うん。それはそうだけど」

「だからレウをクライファースに入隊させたのには意味があるわ」

「意味って?」

 フェリナスは少し俯き、声を低くした。

「先日、クライファースの一人が殺されかけたの」

「え?」

 クライファースの仕事は隠密のものが多いけど、危険や戦闘が少ないはず。

「先日ユベレシカ王からある依頼があったの。
 良くない噂が広まっているから、その真相を突き止めてくれ、って」

「良くない噂って?」

「ユベレシカ宮廷内部に反乱分子がいる。
 その拠点があるらしい」

「それで?」

「反乱分子が誰か、ってのまでその噂では名指ししてるんだけど、あえてその名前にこだわらずに調査することにしたわ。
 拠点というのもある程度情報があったんだけど、それに囚われないようにした。
 クライファースから三人調査に出したの」

「なるほどね」

「先月中かけて三人とも報告に戻ってきたんだけど…」

「一人が瀕死だった、ってわけだね」

「そう」

 フェリナスが出した密使は、一人が反乱分子捜査役、二人が拠点調査役。

 結果は最悪。

 瀕死の重傷となった鳥は反乱分子捜査の役で、怪我を負わせた相手を確認できなかった。

 相手はこちらが捜査していることに気づいたわけだ。

 更に拠点というのが発見できなかった。

 拠点地についての噂は所詮噂に過ぎなかった、ということだろう。

 

「もしかして」

 レウメリオが口を開いた。

「…国家乗っ取り…?」

 ためらうようにして姉の方に向き直った。

 フェリナスは静かに頷いた。

「そう。
 さすがね、レウ。
 その可能性が高いんじゃないかと思う」

 フェリナスが続ける。

 つまり。

 

 

 

 反乱分子が実在するのは、鳥の一人を襲撃したことからも明らか。

 鳥が反乱分子調査中である状況を知っていたことになる。

 鳥の存在自体、知っている者は少ない。

 ユベレシカの核に近い部分にも分子がいる恐れがある。

 そして、宮廷内部で誰の目にも触れずに犯行が行われたこと。

 人の賑わう宮廷で暗殺を行うこと自体、単独犯ではない可能性を示唆する。

 監視役などが必要かもしれないからだ。

 また、クライファースの一員は全員相当の腕の持ち主だ。

 極秘に、しかも返り討ち。

 これは反乱分子の実力を表してもいる。

 これらの危険な要素を組み合わせて考えると、反乱分子は既にかなりの規模にまで勢力を広げている可能性に行き着く。

 仮に巨大な組織を構成しているともなれば、考えられる目的は「国家乗っ取り」という結論にたどり着く。

 

 少なくともフェリナスとレウはほとんど同じ根拠で結論を導いていた。

 

 

 

「ところで、レウ」

「ん?」

「手を見せなさい」

「…」

 レウメリオはまじまじと美しい姉の顔を見据えた。

「レウ、庭に出ましょう」

 と、言うが早いか、フェリナスは部屋を出た。

 

「抜きなさい」

 フェリナスがレウと少し距離を取って、言い放つ。

 それは静かだが、威厳のある言葉だった。

 レウが腰の剣をスッと抜く。

「行くわよ」

 本気だ。

 姉は本気で斬りかかってくる。

 直感した。

 ふっ、と互いに息をつく。

 一瞬の出来事だった。

 鋭い眼光で妖精の剣を両手に握り、地面とほぼ水平にフェリナスが斬りつける。

 レウが斜めに構えた剣でいなしながら払いのける。

 刹那、レウの剣はフェリナスの首筋に寄せられていた。

 

 

「まったくもう…」

 フェリナスがぶすくれていた。

 まさかあそこまで…。

 勿論もうレウの剣は腰の鞘に収められていた。

「わかってたの。
 あなたが弱虫じゃないってことくらい」

 フェリナスはレウに背を向けてポツリと言った。

「戻りましょう、レウ。
 あなたの実力を他に知られたら厄介だわ」

 

 その時、空がうっすらと光り始めた。

「なに!?」

 フェリナスが声を上げる。

 やがて光が黄色く小さく集約されてくる。

 二人は空を見上げていた。

 周囲に闇が戻り始め、光はごく小さなものとなる。

 そして、空の一点に留まった。

 レウはふと、その光が自分を見つめているような感覚にとらわれた。

 突然光がレウに振ってきて、激突した。

「レウ!」

 レウの体がぼんやり光り、そして力なく倒れた。

 一瞬の沈黙の後、フェリナスがレウに駆け寄る。

 レウはすぐによろよろと立ち上がった。

「…大丈夫」

 まだレウの体が光っている。

「早く私の部屋へ!」

 フェリナスがレウの肩を抱き、急いで部屋へと戻っていった。











 Chapter 02-02. 不吉











 二人は、幸い誰にも見つからずに部屋に戻れたようだった。

「どういうこと?…この光は何なの?」

「こっちが聞きたいよ」

 未だにレウの体はぼんやりとした黄色い光を発し続けていた。

 レウメリオもフェリナスもさっぱり状況が飲み込めていない。

 

「とりあえず」

 いくらかの沈黙の後、口を開いたのはフェリナスだった。

「その謎の光については、いくら考えてもわからなそうね。
 話の続きを少ししたい」

「うん」

「私以外、クロト兄さんやムルフェイド兄さんですら、レウのことは弱虫だと思ってると思うのよ」

「そう振舞ってるからね」

「周りからはどうしてレウを鳥の一員にしたのか、って声も良く聞くしね。
 でもあなたはクライファースに必要なの。
 いいえ、私にとって必要なのよ」

「必要…?
 それはもしかしてさっきの反乱分子の件と繋がってくるのかい…?」

「まったく。
 察しも良いし、腕も切れるっていうのに。
 弱虫呼ばわりさせておくのが癪に障るわ…。
 でも今回はその状況に感謝しなくちゃいけないかもしれない」

「何を考えているんだい?姉さん」

「…私の意志を継いで」

「え?」

 ふと姉の表情が暗い翳りを帯びた。

 が、すぐに微笑を浮かべる。

「まさか姉さん…」

「とにかく!」

 レウの言葉を遮るようにフェリナスが続ける。

「伝えたいことを伝えてしまいたいの。
 聞いてくれる?」

 少し躊躇った。

 しかし姉の目を見据えると、レウは頷いた。

「ありがとう。
 あなたは鳥の一員になったけれど、まだ私以外を知らないでしょ。
 クライファースは私以外のメンバーを公表してないのは知ってるよね。
 逆に言えば、私しか接点がないの。
 だから王宮から仕事を依頼されたら、私が受けて、隊員に依頼するのも私。
 隊員を集めたのも私だからね。
 だからまずあなたには隊員のことを知っていてもらいたい」

「なるほど」

 フェリナスが一枚の紙片を差し出した。

 レウは紙片を受け取ると、ざっと眺めた。

「見てのとおり。
 隊員の名前と大まかな特徴よ。
 もう一つ。
 彼らへの秘密の連絡手段があるの」

 王宮の掲示板に、ある特定の言葉を書き込むことで隊員を招集できる。

「彼らは下手すると隊員同士の顔も知らないの。
 基本的に個人行動の任務が多いしね」

 レウは黙って聞いている。

「クライファース自体の存在を知っている人間も少ないわ。
 それはあなたも知っているでしょう。
 王と、他には数名くらいのはずね。
 クロト兄さんも知っているわね。
 ムルフェイド兄さんは知らないはず。
 だから、仮に反乱分子が鳥の存在を知っているとしたら…」

「かなりマズい事態だね」

「ええ。
 もしかすると反乱分子は王の懸念以上に輪を広げているかもしれない」

「そしてその内部事情に精通していればしている程…
 姉さんは危険だ」

 レウは顔をしかめて言った。

「姉さんさえ潰せば、厄介な鳥たちを一掃できるも同然なわけだからね」











 Chapter 02-03. 油断











 レウは相変わらず弱虫を演じていた。

 戦いが嫌いなレウの気持ち、フェリナスはわかっているから何も言わなかった。

 フェリナスがレウの能力を見破っていたのには驚いた。

 本人は「勘よ」と言っていたが。

 

 フェリナスに言われて気がついたのだが、手には気をつけなければ。

 当然、フェリナスを負かす程の剣技を会得している、ということは、相応の鍛錬を人知れず積んでいるわけだ。

 手を見ればそれがわかる。

 

 

 姉は何を思っていたのか。

 言うまでもあるまい。

 彼女は死を予感している。

 恐れていると言ってもいい。

 

 唯一の理解者である姉。

 自分が守らなければいけない。

 弱虫を演じているから、姉にくっついて歩けば良いだろう。

 相手がその気なら、早々に動くことも考えられる。

 油断しないようにしよう。

 

 そう心に決めたのが昨夜。

 今日はなんやかんやと理由をつけて、姉を追い回している。

 姉もレウがどうして自分について回るのか、当然わかっている。

 嫌な顔はしないが、何か言いたそうではある。

 レウは、姉が何か言いたそうなのを無視してくっついて回ろうと決めていた。

 

 しかし…あの光はなんだったのだろう。

 自分に降り注いで、溶け込んだような感覚に陥らせた光。

 それはあまりにも不思議で、現実感がまるで沸かない。

 昨夜自室に戻ってシャワー浴びた時、希薄な現実感は打ちのめされた。

 体にある異変を発見した。

 それは左の肩にあった。

 奇妙な形をした宝石のような金属のようなもの。

 それが左肩に埋まるような形で、確かにあった。

 謎の突起物は、例の光が放ったのと同じ色をしているように感じた。

 薄い黄色。

 右手で触れてみたが、やはり何だかわからない。

 夢じゃなかったことだけは確かなようだ。

 あまりにも謎なので、何となく自分一人の心に秘めておこうと思っていた。

 

 少し物思いに耽ってしまった。

 あれ?と思った時には視界にはいたはずの姉の姿がない。

 まったく…。

 自分の監視から逃れるように、無邪気に微笑みながら立ち去る姉の姿が手に取るように脳裏に描かれる。

 遊んでるんじゃないんだぞ。

 もっとちゃんと姉と話して、任務で姉の補佐をしてる、とかってことで辻褄を合わせて、一緒にいる方がいいな。

 とにかく姉はまだ近くにいるだろうから、探さないと。

 

 姉はこれから鳥の一人と任務について打ち合わせるはずだ。

 部屋に戻ったのかもしれないな。

 フェリナスが食事に出たのを尾行するように、レウも外に出ていたのだ。

 宮廷からほど近いレストランは歩いて五分くらいの所にある。

 レウとフェリナスは少し離れた席につき、別々に食事を取っていた。

 そこで姉の姿を見失った、というわけだ。

 なんとなくレウは急いでフェリナスの部屋へと駆け出した。

 

 部屋には姉が戻った形跡はなかった。

 そもそも鍵が開いていない。

 嫌な予感がした。

 レウはまた外へと駆けていった…。