Grim Saga Project

 Chapter 01. 寄生

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 Chapter 01-01. 染められし者











 目の前に突然赤い光が舞い降りてきた。

 そして光はゆっくりと女性に溶け込んでいった。

 

 

「あれ・・?
 今の、…夢?」

 天蓋付の豪華なベッドから女性が身を起こした。

 女性の名はエイシーン。

 この小国グリシアの第一皇女、つまりお姫様。

 

 

 目覚めて間もないエイスはまだぼんやりしていたが、自分の異常には気がついた。

 つい今しがた夢で見た濃い色の赤。

 私の体がぼんやりその赤い色に光っている気がする。

 なんだろうこれは。

 やがてその光は消えてしまった。

 大きな違和感がある。

 今までの自分と何かが違う。

 ふと怖くなってエイスは自分の肩を抱く。

 右手が何かに触れた。

 思わず声にもならない声が発せられる。

「…あ」

 パジャマをずらして左肩を確認してみた。

「何これ…」

 ほっそりとした白い肩には赤い宝石が埋まっていた。











 Chapter 01-02. 発動











「なるほど」

 メウが呟いた。

 おしとやかだが芯が強く、姫らしい一種のわがままも言うエイス。

 起き抜けに「メウと話したいから呼んで」と側近に申し付けたのだ。

 珍しいことではあったが、誰からも疑われるほどのことでもなかった。

 本当はラダムも呼びたかったが、肩を見せたかったのでメウだけにしておいた。

 今メウにありのままの出来事を伝えて、肩を見せたところである。

 

 エイシーン姫には二人の直属護衛剣士がいる。

 メウとラダム。

 二人は頼りになる上、数少ない友達でもあった。

 その二人からは「エイス」と呼ばれている。

 

 

「どう思う?メウ」

「不思議としか言いようがないね。
 病気ってわけでもなさそうだし」

「病気ではないと思うわ。
 具合も悪くないし」

「そっかぁ。
 見たことないよ、こんなの」

「そうだよね。
 でもメウならわかる、って思ったわけじゃないんだ。
 あんまり不思議な出来事だったから、誰かに話しておかないとなんか不安で。
 でも具合悪いどころか逆なのよ。
 なんか解放感にあふれてる、みたいな」

「ふぅん。
 何か他に変わったところはない?」

「わかんない」

 二人に理解できるはずがない出来事であることは確かだった。

 しかしエイスの一番大きな変化は、この時はまだ表面化していなかった。

 

 

 エイスはラダムに淡い恋心を抱いていた。

 ラダムもそれを薄々感じてはいるが、相手は一国の姫。

 今のところ二人の間には何もなかった。

 エイスはあの不思議な出来事があった次の日、ラダムを呼び出した。

 グリシアは小国だったが、皇族は一応小さな宮殿に住んでいた。

 国民を第一に考えるグリシア王の政のおかげでグリシアは豊かだった。

 経済的に、ではなく精神的に。

 だから宮殿というのは現王が建設したものではない。

 現王がある時「宮殿を壊して、皇族も国民と同じ規模の建物に住もう」と言ったことがあった。

 しかし建替費用を考えれば現在のままが良い、という結論に達したのだ。

 それぐらい現王は国民のことを考えている。

 そんな経緯で未だ存在する皇族住居宮殿の中庭に、エイスとラダムがいた。

 

 

「…っていうことなのよ」

 エイスは肩を見せることはしなかったが、ラダムにもまたありのままを説明した。

 ラダムは少し難しい顔をしていた。

「今の話だと、エイスの肩には赤い宝石があるんだね?」

「うん」

 ちょっと間を空けて「失礼」

 と、言ってラダムの右手がエイスの肩に触れた。

 エイスは胸が高鳴った。

「ホントだ。
 何かある。
 …あ!」

 ラダムがエイスの肩に触れた途端、エイスの左肩が薄く光を放ち始めたのだ。

「この赤い光!」

 エイスが小さく叫ぶように言った。

 同じだったのだ。

 あの出来事の直後にエイスの体から発していた光と。

 

 

 ラダムは不安だった。

 あの光は何なのだろう。

 実は一つ考えていることがあった。

 『魔法』

 古来より言い伝えられている概念。

 国民どころか、この星中探して信じている者は少ないだろう。

 ラダムは違った。

 魔法に魅力を感じ、一時期は関連文献を読み漁ったほどだ。

 たくさんの資料を読めば、それだけ偽りの情報もあるだろうことと思う。

 しかしラダムはエイスの肩から放たれた光を見た時、直感したのだ。

 あれは魔力の光だ、と。

 自分ではなくエイスに魔力が宿ったことに不満があるわけではなかった。

 彼はそんなに器の小さな人間ではない。

 勿論多少の羨望感はないわけではないが。

 本当かどうか大部分はわからない情報とはいえ、魔法に関する知識には精通しているラダムは、その強大な力が宿ったとした場合にエイスが危険ではないかと心配になったのだ。

 

 

 いつもの三人。

 エイス、メウ、ラダムが顔を揃えていた。

 ラダムの意向だった。

 

 今のところ、この話を知っているのはこの三人のはず。

 出来ればこの話を知る人間はこれ以上増やしたくなかった。

 それを伝えたかったのだ。

 とりあえず魔力の疑いについては伏せておいて、謎の現象が姫に襲い掛かったことによる不安を、他の皇族や国民に与えるべきではないと思ったからだ。

 言うまでもなくエイスとメウもそう感じてはいたらしい。

 改めてエイスとメウの二人が、極めて賢く、そして自分と価値観が近いことを感じたラダムは自分の石に対する見解を話しておこうという気になった。

 二人の反応は微妙だった。

 

 

「そういう可能性がないとは言わないけど」

 と言ったのはメウ。

「そうね。そうだと確信できる何かがないと、それはあくまで可能性になっちゃう」

 エイス自身もメウに共感した。

「確かにそれはそうなんだよなぁ」

 そういう点、三人の中では年長者であり、元々の性格も物分りが良いラダム。

 意固地になったりはしない。

 素直に二人の考えにも賛意を示した。

「でももし仮に魔力だとすると赤ってのはきっと炎の属性で、何かの魔法を発動させるなら、いくつか方法があるな。
 詠唱方法で一番簡単なヤツだと、えっと…」

 ラダムがぶつぶつと呟きはじめた。

「なになに?」

 エイスが気になったらしくラダムの呟きに言葉を返した。

「いや、何か確証を得る方法がないかな、って。
 そういえばオレがエイスの肩に触れたら光りだしたんだったよな」

 と、ラダムがまたエイスの肩に触れる。

「あ…」

 エイスが少し驚いた顔。

 勿論メウもエイスがラダムに想いを寄せているのは知っている。

 エイスの顔が少し赤らんでいるのも見逃すはずがなかった。

 そしてまた淡く赤い光が発せられ始めた。

「エイス。
 炎をイメージするんだ。
 そして左腕を前に差し出して右手を添える。
 溢れ出して来る力ってのを左腕に集中させて放つように心がけてみて」

 エイスが頷く。

 目を閉じ、左手を前に突き出し、右手を添える。

 短い沈黙。

 

 

 正直驚いた。

 ここはグリシア宮殿に仕える兵に与えられた部屋。

 メウはその一室で暮らしていた。

 …ポッという音と共にエイスの掌から放たれたのは、炎だった。

「あれは…やはり魔法だわ」

 メウがさっきの出来事に思いを馳せながら呟く。

 ラダムの提示した可能性。

 はっきり言ってほとんどその可能性はないだろうと思っていたのだ。

 いや、思おうとしていた。

 そう。

 そうなのだ。

 自らの置かれた運命。

 崩れ去る平穏。

 全てわかっていたはずではないか。

 メウは思い出さなくてはいけなかった。

 自らの使命を。

 

 

 ラダムは満足ではあった。

 それは勿論、魔力の実在を証明したためだ。

 しかし不安が益々大きくなったのもまた事実なのだ。

 自分が守るべき姫の身に宿った未知の力。

 それが何を意味するのか。

 これまでの平和な日常が、じわじわと崩れていく気がしてならない。

 エイスの魔力が、なぜ今、この時に現れたのか。

 次はそれを知らなくてはならない。

 

 

 私は一国の姫だ。

 大好きな父と母。

 グリシア国の王と王妃でもある父と母。

 今までのところ、私は姫として二人を困らせるようなことはしてこなかった。

 誰からも慕われ、尊敬される父と母。

 しかし今回はその父と母を、いや、もしかすると国民たちをすら、困らせることにならざるを得ないのかもしれない。

 私に突如宿った魔力。

 私の手先から放たれた炎。

 ただごとではない。

 私はどうすればいいのだろう。











 Chapter 01-03. 新天地











「どうかわがままをお許しください」

 グリシア国の王と王妃は、今までになく困惑していた。

 娘エイシーンが突然世界を見て回りたいと申し出てきたのだ。

 平和な現在の世ではある。

 しかし、エイシーンは一国の姫だ。

 どんな危険が待ち受けるとも知れない旅に「はい、そうですか」と出すわけには行くまい。

 しかしエイシーンが見せた今までにない決意に満ちた表情。

 今まで優秀で物分りが良く、私たちを困らせたことのない娘がこんな顔をするからには、何か理由があるに違いない。

「エイシーン。お前がそこまで言うのには何か理由があるのだろう?」

「私は一国の姫です。
 そんな私が世界の実情を見て回るのは平和な今が一番ではないかと」

 エイスは生まれて初めてとも言える嘘をついた。

 護衛に指名されたメウとラダムはエイスの脇に控えていた。

 王が三人の目を見る。

 エイスは王に心配をかけたくなかった。

 それはメウもラダムも痛いほどに良くわかっていた。

 三人の目は疚しさなど秘めていなかった。

 

 

 長い髪を後ろで一つに束ねたエイス。

 いつになく引き締まった表情は、一国の姫に相応しく、そして美しかった。

 メウとラダムも緊張感を称えた表情ではあった。

 しかし王にエイスを守ることを約束して出て来たのだ。

 必ず目的を果たして、無事に姫を連れ帰る。

 そんな思いがありありと伝わってくる。

 三人は船に乗っていた。

 向かう先はグリシアから大海を挟んだ大国ユベレシカ。

 ユベレシカの港都市、ジェダボード。

 大国の情報網に、エイスの力に関連する何かを探すことにしたのだ。

 

 

 三日かかって大海を無事に渡った。

 そこは都市だった。

 小国グリシアの田舎然とした雰囲気とはおよそ違う。

 

 ジェダボードは港町だが、それでもグリシアよりは都会的だった。

「うわぁ。
 やっぱりグリシアとは全然違うなぁ」

 意外にもまず嬉々とした声を上げたのはラダム。

 続いて女性陣からもあれやこれやと声が上がる。

 

「さて、当てなき旅とは言え、あまりゆっくりもしてられないな」

 一頻り感動し終えると、ラダムが言う。

「そうね」

 

 まずは宿探し。

 近代帝国と呼んでも過言ではないユベレシカだったが、宿泊費はなんとかなる。

 都会というイメージと違い、物価はそれほどグリシアと変わらない。

 宿泊代も同様だった。

 手近な宿泊施設を当たり、まずは一週間予約を取った。

 

「さて」

「これからどうするか、ね」

 三人考えることは同じ。

 但し、これも三人の意見が一致していたことだが、自分たちの身分は明かさない。

 道中「グリシアの第一皇女」である方が色々と便利だろうが、その分、危険もつきまとう。

 グリシア王とも話したことだが、エイスが旅をしていることは近国には伏せておくことにしたのだ。

 

 ユベレシカと一概に言っても、広い。

 大陸のほとんどを領土としているだけあり、大陸自体もユベレシカと呼ばれる。

 その中央やや北寄りに、首都サンジェベールがある。

 世界最大国の世界最大都市だ。

 ユーベル家の血を継ぐ者達が代々国を治める。

 初代ユーベル家当主、ロズ・ユーベルが名剣ユヴェリオンを手に国を統一した話は余りにも有名な逸話だった。

 今でもユヴェリオンはサンジェベールの大聖堂に祀られているとも言われる。

 これだけの都市国家を操るユーベルの血、いつの時代も手にしようとする者は後を絶たない。

 そのような賊からユーベル一族を守るために設立されたのが、ユーベル聖剣士隊。

 数百年の歴史を誇るという由緒正しき部隊なのだ。

 

 ジェダボードでの情報入手に一週間を費やし、その後は徐々に内陸側へと移動。

 三人はサンジェベールに向かいながら情報収集することで合意した。