Prologue. 誕生
「私はなんということを…」
女は嘆いた。
創り上げてしまったのだ。
ついに…。
兼ねてより研究していた魔力増幅装置。
装置、と言っても機械ではない。
代々この女の家の血統は鍛冶を生業としている。
ヒトの秘めし力『魔力』。
魔法を扱うことができる力、とされている。
現代の世界では幻想に過ぎないと認識されている概念。
神々の戦いによって失われたとされる謎の力。
しかしこの女は違った。
魔法は実在する。
ヒトは魔力を秘めている。
ならば私はその魔力を引き出してやろうではないか。
そう考えた。
研究の末、ある種の感情と魔法の属性に関連があるのではないかという結果を弾き出す。
そこから特殊な感情が持つ魔力に呼応した力を呼び覚ます機構を思いついた。
『魔喚起法』と名づけたその機構。
問題はどう実現するかだった。
鍛冶は、鍛冶師の力を打つ媒体に込めて、形状を変化させる作業だ。
しかしその出来は、媒体・素材にも依存する。
通常の素材に『魔喚起法』を施したところでその力を有することが出来ないのだ。
そんな時、息子から連絡を受けた。
「やあ、母さん。面白い物を手に入れたんだ」
彼が持ってきたのは拳大の石だった。
その石は何らかの金属または宝石の原石に見えた。
しかし一番興味を惹かれたのは、その石の秘めた力だった。
目に見えない力を感じる。
それもとてつもなく強大な。
これを打てば凄まじいものが出来るに違いない。
女はゾクゾクした。
「ありがとう」
「母さんが魔力の研究をしてたことを思い出してね。
自分で使いたかったんだけど譲るよ」
現地上最硬のノミが欠けるほど硬い謎の原石。
狂ったように三日三晩、作業を続けた。
いびつな円錐のような形。
放たれる秘めた力。
鈍く怪しく光を放つ無数の辺。
両手で包み込むとすっぽりと隠れる程度の大きさになった。
『覇光石』と名づけた物体を、女は両手で包み込んでみた。
その直後、口にしたのが先ほどの嘆きの言葉だった。
それほどに恐ろしい感覚。
今なら何でも出来る。
全てを滅ぼすことすら可能だ。
私たちの住むこの星を消し飛ばすことすら出来そうだ。
溢れ出る力。
これが魔力なのか。
幸か不幸か、私はこの力を悪用しようとは思わない。
しかしこんなものを世に存在させてはいけない。
星を破滅させる。
いくらかの逡巡の末、女は鍛冶台に向かいノミを握った。
『覇光石』の中心に向けて、思いっきりノミを差し込んだ瞬間だった。
砕けた石は眩いばかりに光り輝き、ふっ、と宙に浮かび上がった。
加速度的に空に昇り、鍛冶小屋の天井を突き破る。
女は慌てて、小屋の外へ飛び出すと宙へと目を向ける。
かなり上空に薄ぼんやりと丸く光が見える。
瞬間、弾けるようにして丸い光が分裂して方々に飛び散った。
一、二、…九つ!
すぐに女は思い当たった。
『魔喚起法』の概念で導いた感情、それが九つだったのだ。
一つ、赤色は愛の感情を指し、炎の属性を司る
一つ、青色は哀の感情を指し、水の属性を司る
一つ、黄色は怒の感情を指し、雷の属性を司る
一つ、緑色は優の感情を指し、地の属性を司る
一つ、桃色は楽の感情を指し、風の属性を司る
一つ、紫色は欲望を指し、精神の属性を司る
一つ、白色は善の心情を指し、光の属性を司る
一つ、黒色は悪の心情を指し、闇の属性を司る
一つ、無色は無心を指し、無の属性を司る
女はこのように分類した。
そして今飛散した九つの光の色はまさに…。
石が砕けた瞬間からまるで全身の力が抜け切ったような感覚を受けていた女は、その場に倒れてしまった。
…悪夢と共に。